アメリカテンの基本情報
英名:American Marten
学名:Martes americana
分類:イタチ科 テン属
生息地:カナダ、アメリカ合衆国
保全状況:LC〈軽度懸念〉
参考文献
着床遅延
アメリカテンを含め、テン属に分類されるすべての動物には、着床遅延が見られます。
着床遅延とは、その名の通り、受精卵が子宮壁に着床するのが遅延することです。
人間も含めた多くの動物では、精子と卵子が受精し、受精卵となると、その受精卵は滞りなく着床します。
しかし、イタチ科の一部やスカンク科、レッサーパンダ科、アザラシ科などの動物では、受精卵はすぐには着床せず、子宮内でしばらく浮遊し、条件が整った時に着床するのです。
では、このような着床遅延の利点とは何でしょうか。
着床遅延には、繁殖スピードが遅くなるというデメリットもありますが、それを超えるメリットがあるからこそ、一部の動物に現在も見られるのです。
主な利点としては、生きるのに厳しい時期を避けて出産できる点が挙げられるでしょう。
例えば、アメリカテンの生息地であるカナダのオンタリオでは、冬である1月の最低気温は-25℃にもなり、雪も1mほど積もります。
また、冬には当然エサが少なくなります。
そして、このような冬の厳しい時期は、周期的に必ずやってきます。
そんな中、大きなコストがかかる出産、育児をわざわざ冬に行う利点はないと言っていいでしょう。
着床遅延は、厳しい時期に出産や育児をせずに済む戦略となっているのです。
ここで、着床遅延という戦略を使わずとも、冬に交尾したり、出産が冬以外の時期になるようなタイミングで交尾したりすればいいではないかという疑問が出てくるかもしれません。
まず、冬に交尾することはとても難しいことです。
冬は、エサはないし、寒くて体温維持にエネルギーを使うしで、非常に厳しい季節ですから、動物の活動量はぐっと落ちます。
アメリカテンも、活発な時間が通常は1日の60%ほどですが、これが冬になると一気に15%ほどになります。
そんな中で、交尾相手を探し、交尾をするのは難しいでしょう。
そして、冬以外に出産できるようなタイミングで交尾するということも、妊娠期間の関係や、着床遅延を採用した場合を考慮すると、より適応的ではないと言えるでしょう。
アメリカテンで考えてみると、彼らの実質の妊娠期間は約1カ月なので、冬直前に交尾しても冬を越すことなく冬に赤ちゃんが産まれてしまいます。
冬の直後に交尾するとしても、まだ十分に資源がない状態で交尾することになるので、良い環境で交尾し、冬を迎えるまで十分成長できるような時期に出産できる着床遅延よりはやや劣る戦略となるでしょう。
以上、着床遅延は、動物の長い進化の歴史の中で獲得されてきた、素晴らしい戦略なのでした。
アメリカテンの生態
生息地
アメリカテンは、北米の針葉樹林や落葉樹林に生息します。
木の洞やリスなどが掘った穴、岩の裂け目に、落ち葉などを敷いた巣穴を作ります。
食性
機会的捕食者である彼らは、齧歯類などの小型哺乳類の他、鳥類や昆虫、果実、種子、死肉なども食べます。
獲物は、哺乳類の場合、首の後ろを噛んで殺します。
彼らを食べる捕食者には、アカギツネやコヨーテ、カナダオオヤマネコ、クズリ、アメリカクロクマなどがいます。
形態
体長は30~45㎝、体重はオスが470~1300g、メスが280~850g、尾長は13~23㎝で、性的二型が見られます。
行動
アメリカテンは、単独性で、主に夜行性です。
樹上性が強く、よく臭腺から出る分泌物を木に塗り付けマーキングしますが、狩りの多くは地上で行われます。
また、泳ぐこともできます。
行動圏は2~8㎢で、オスの方がより広い行動圏を持ちます。
生息密度は、1㎢に0.5~2.5頭です。
先述のように、冬の活動量は他の季節と比べると大きく減少しますが、冬眠はしません。
1日の移動距離は数kmで、時に10㎞を超えることもあります。
繁殖
繁殖には季節性があり、交尾は6月~8月にかけて行われます。
メスはその期間に複数回発情し、尿や臭腺からのにおいで用意ができていることをオスに知らせます。
1度の発情は1~4日続き、間隔は6~17日です。
実質の妊娠期間は28日ですが、着床遅延がおこるため、見かけ上の妊娠期間は220~275日になります。
出産は3月~4月にかけて、一度に1~5頭の赤ちゃんが産まれます。
赤ちゃんは約40日で目を開き、離乳します。
生後3.5カ月で大人のサイズになり、その後分散します。
性成熟には生後15~24カ月で達し、寿命は飼育下で約15年です。
人間とアメリカテン
絶滅リスク・保全
アメリカテンは、生息地の減少や、毛皮を目的とした違法な狩猟の影響を受けています。
これにより、かつて生息していた北米南東部では、現在その姿を見ることができません。
個体数は今でも減少し続けていますが、その一方で、ミシガン州やウィスコンシン州などで行われている再導入はうまくいっているようです。
正確な個体数は分かっていませんが、その分布域の広さなどから絶滅は懸念されておらず、レッドリストでは軽度懸念の種として記載されています。
動物園
そんなアメリカテンですが、残念ながら日本の動物園では見ることができません。
ただ、日本には野生にも動物園にも、同じテン属のクロテンやニホンテンがいます。
興味のある方は彼らを観察しに行ってみてはいかがでしょう。