アフリカンゴールデンウルフの基本情報
英名:African Wolf
学名:Canis lupaster
分類:イヌ科 イヌ属
生息地:アルジェリア、ブルキナファソ、カメルーン、中央アフリカ共和国、ジブチ、エジプト、エリトリア、エチオピア、ギニア、ケニア、リビア、マリ、モーリタニア、モロッコ、ニジェール、ナイジェリア、セネガル、ソマリア、南スーダン、スーダン、タンザニア、チュニジア、西サハラ
保全状況:LC〈軽度懸念〉
イヌ属150年ぶりの新種
2015年、アフリカとユーラシアに生息するキンイロジャッカルの遺伝子解析の結果、それまでアフリカの亜種と考えられていたキンイロジャッカルが、実はキンイロジャッカルとは別種であることが判明しました。
この新種とキンイロジャッカルは約100万年前に分岐して以降、それぞれの道を歩んできたことが分かり、さらに新種はキンイロジャッカルよりもハイイロオオカミにより近縁であること、そしてハイイロオオカミの亜種ではないことも明らかになりました。
イヌ属に新種が加わるのは150年ぶりの出来事で、この新種はアフリカンゴールデンウルフ(Canis anthus)と名付けられました。
これまで彼らが同種だと考えられてきたのは、その見た目がよく似ていたからでした。
しかし、遺伝子解析の結果、両者が同種ではないことが分かりました。
にもかかわらず、これほど見た目が似ているのは、2015年の論文の筆頭研究者である米スミソニアン保全生物学研究所の生物学者クラウス=ペーター・コエプフリ氏が言うように、進化の過程で両者に同じような進化的圧力がかかったからだと考えられます。
これはつまり、平行進化の結果だと言えます。
平行進化とは、異なる系統で、共通祖先から受け継がれた同じ遺伝子に同じような突然変異が生じ、その結果、異なった種に似た表現型が現れることを言います。
アフリカンゴールデンウルフとキンイロジャッカルはまさにその例で、彼らに同じような環境、競合相手、えさなどといった圧力がかかったことで、彼らは似た見た目になったと考えられるのです。
ところで、平行進化と似た意味の言葉に、収斂(しゅうれん)というものがあります。
これは、共通の遺伝的基盤を前提としていない点で平行進化とは異なります。
例えば、鳥の翼とコウモリの翼や、魚のひれとイルカやクジラのひれは似たような形をしていますが、彼らの起源はそれぞれ異なるため、これらは平行進化ではなく収斂の結果です。
さて、2018年のイヌ属の種を対象とした更なる遺伝子解析の結果、アフリカンゴールデンウルフとキンイロジャッカルが別種であることはより支持されることになりますが、この研究により、アフリカンゴールデンウルフは、エチオピアオオカミのような種とハイイロオオカミのような種の雑種から生まれ、現在のエチオピアオオカミとハイイロオオカミとの遺伝的交流が過去にあったことが分かりました。
現在、アフリカにハイイロオオカミは生息しませんが、遺伝子は過去に彼らがアフリカにいた可能性を示唆しています。
遺伝子の持つ情報量、おそるべしです。
アフリカンゴールデンウルフの学名
既にお気づきの方もいるかもしれませんが、「アフリカンゴールデンウルフの基本情報」にある学名(Canis lupaster)と、先ほど登場した学名(Canis anthus)は異なります。
アフリカンゴールデンウルフという一つの種に学名が複数あるのはなぜなのでしょう。
現在、Canis anthusという学名は疑問名とされています。
疑問名(nomen dubium)とは、「どう適用するか不詳もしくは不明確な学名(国際動物命名規約より抜粋)」のことです。
1820年、フレデリック・キュビエという動物学者が、セネガルから収集されたメスのアフリカンゴールデンウルフを初めて記載し、学名を付けました。
しかし、その内容と彼がその後の著作にあるオスの標本の記載内容とが合致しないことや、例のメスのホロタイプ標本(学名を付ける記載論文の中で、材料となった“単一の”標本)がアフリカンゴールデンウルフよりはヨコスジジャッカルであると思われること、そしてホロタイプ標本が消失していることなどから、2017年、オスロ大学とヘルシンキ大学の科学者たちによって、キュビエがつけた学名(Canis anthus)は疑問名とし、ヘンプリッヒとエーレンベルクがつけた学名(Canis lupaster)を有効とすることが提唱されました。
ヘンプリッヒとエーレンベルクの記載の方が、内容が詳しく一貫性があり、タイプ標本がフンボルト博物館(Museum für Naturkunde)に保管されているためです。
現在、弊サイトでは、種の学名をIUCNのレッドリストに依っていますが、IUCNもキュビエの学名が有効とされるまでは、ヘンプリッヒとエーレンベルクの学名の方をアフリカンゴールデンウルフの学名とするほうが適切であると考えているようです。
国際動物命名規約を読んでも分かりますが、生物を命名するだけでも色々ややこしそうです。
アフリカンゴールデンウルフの生態
生息地
アフリカンゴールデンウルフは、アフリカ西部、北部、東部の草原地帯やサバンナ、半砂漠、人家の周辺などに生息します。
海抜500mから、標高3,800mというエチオピアの高山地帯にも生息しています。
イヌ属では、エチオピアオオカミやリカオン、ヨコスジジャッカル、セグロジャッカルなどと同所的に生息しています。
食性
雑食性で、齧歯類や昆虫、鳥類、家畜、死肉、人の残飯、果実、種子、葉などを食べます。
狩りは単独で行うことが多いですが、ペアで行うこともあります。
群れで行うことはほとんどありません。
ペアで行う場合は体重の3倍以上もある有蹄類を襲うこともあります。
下の動画では、アフリカンゴールデンウルフがフラミンゴを襲う様子を見ることができます。
アフリカンゴールデンウルフの幼獣を襲う捕食者には、ブチハイエナがいます。
形態
体長はオスが75~90㎝、メスが68~83㎝、体重はオスが6~15㎏、メスが6.5~10㎏、尾長はオスが20~35㎝、メスが20~30㎝。
キンイロジャッカルよりはやや大きく、キンイロジャッカルと比べるとより小さなマズル(口吻部)、小臼歯、より大きな大臼歯、より鋭い犬歯を持ちます。
また、キンイロジャッカルのしっぽは下三分の一が黒いのに対し、アフリカンゴールデンウルフのしっぽはその先端だけが黒いです。
行動
アフリカンゴールデンウルフは昼行性ないし薄明薄暮性です。
行動圏は2~65㎢、なわばりは広くて5㎢までで、糞尿でマーキングします。
コミュニケーションにはにおいの他、音声やグルーミングが用いられます。
自分や他の動物が掘った巣穴で暮らし、巣穴は奥行き2~3m、深さ1m、出口は複数個あるのが通常です。
繁殖
繁殖には季節性があり、10月~12月にかけて行われます。
交尾には約4分の交尾結合が見られます。
妊娠期間は63日前後で、約190gの赤ちゃんが一度に1~9頭産まれます。
赤ちゃんは父母やヘルパーと呼ばれる11~18カ月齢の兄や姉により、巣穴で育てられます。
生後8~11日で目を開き、3週齢までは巣穴に留まります。
生後8~10週で離乳し、10~11カ月で性成熟に達します。
性成熟後も7割はヘルパーとして群れに留まります。
寿命は野生で約7年、飼育下では最長18年です。
人間とアフリカンゴールデンウルフ
保全状況
アフリカンゴールデンウルフは、生息地の破壊や家畜を襲うことによる報復、食用として、スポーツハンティングの対象としての狩猟などの影響で、徐々に数を減らしていると推測されています。
しかし、その生息地の広さなどから絶滅の危機に関してはIUCNにより軽度懸念とされています。
動物園
そんなアフリカンゴールデンウルフですが、残念ながら日本の動物園では見ることができません。
彼らだけでなく、ジャッカルを日本で見ることはできません。
ですので、ラグビーの試合でジャッカルの笛が吹かれた時くらいは彼らのことを思い出してあげてください。