アルプスアイベックスの基本情報
英名:Alpine Ibex
学名:Capra ibex
分類:鯨偶蹄目 ウシ科 ヤギ属
生息地:フランス、イタリア
保全状況:LC〈軽度懸念〉

返り咲くアルプスの王
2,000年以上前、ローマを打倒するためにカルタゴの大将軍ハンニバルが戦象を従え超えたアルプス山脈。
ヨーロッパ中央部を東西に分け、標高4,800mを超える最高峰モンブランを抱えるこの山脈には、マーモットやシャモア、アカシカなど、高山に適応した動物たちが生息します。
そのアルプスにおいて、「アルプスの王」とも称されるのが、シュタインボックの名でも知られるアルプスアイベックスです。
アルプスアイベックスはヤギの仲間で、急峻な崖や岩場がある高山地帯に生息します。
その特徴と言えば何といっても大きな角です。
洞角やホーンと呼ばれるその角は、雌雄ともに生えますがオスの方がずっと立派です。
メスをめぐる争いのために発達したオスの角は、生涯伸び続け、最大1mにもなります。
また、冬になるとオスでは5㎝になるひげが顕著となります。
険しい崖にそびえたつ威風堂々としたオスの姿は、まさに「アルプスの王」です。


そんなアルプスアイベックスは、かつて絶滅の危機に陥ったことがあります。
薬や食料になるとして、その角や肉が狙われたのです。
激しい狩猟は16世紀から19世紀にかけて行われ、19世紀にはフランス国境付近のイタリアに位置する、4,000mを超えるグラン・パラディーゾにたった100頭程度が残るのみとなってしまいました。
しかし20世紀以降、もといた場所に放つ再導入や、元居た場所ではないところに放つ導入、狩猟の管理などの保護活動が行われた結果、彼らはかつての分布域の多くを取り戻し、現在その数は5万頭を超えるまでに回復しています。
アルプスの王は返り咲いたのです。
こうしてかつて彼らの生存を脅かした狩猟はもはや脅威ではなくなりましたが、アルプスの王たちは新たな脅威に直面しています。
それが遺伝的多様性の低さです。
現在野生に生きているアルプスアイベックスのほとんどは、グラン・パラディーゾに残っていた個体群の子孫です。
また、アルプスアイベックスは低地に降りて谷底を歩き別の高地に移動することはないとされており、再導入や導入によって定着した個体群間の交流は、ほとんどありません。
そのため、遺伝的な変異が減少し、病気や環境の変化に脆弱になります。
さらに近縁なもの同士で繁殖すれば近交弱勢の問題も起こります。
このような繁殖個体の減少がもたらす効果はボトルネック効果(瓶首効果)と呼ばれ、チーターやゾウアザラシなど様々な動物で知られています。


こうした新たな脅威に対し、人間の手を使って個体を別の生息地に移動させるという手段が講じられています。
しかしその効果が表れるのはまだまだ先のことであり、アルプスアイベックスが病気の蔓延などにより再び絶滅の危機に陥る可能性もなくはありません。
アルプスの王の安泰な将来はいつ約束されるのでしょうか。

アルプスアイベックスの生態
生息地
通常、標高1,600~3,300mに生息しますが、700m付近まで見られる場合もあります。
アルプス山脈の森林限界付近にある開けた岩場や草地に好んで生息します。
1980年代の導入により、本来の生息国ではないブルガリアやアルゼンチンにも生息しています。
形態
体長はオスが1.3~1.6m、メスが1.2~1.35m、肩高はオスが85~92㎝、メスが70~80㎝、体重はオスが65~135㎏、メスが40~65㎏で性的二型が顕著です。
オスの角の基部は直径20~25㎝になり、毎年8㎝ほど伸びます。
一方のメスの角は20~35㎝です。
蹄は柔らかく、岩場を移動するのに役立っています。
アルプスアイベックスは、春に換毛し長くなった冬毛を脱ぎ捨てます。

食性
夏場は草を食べ、それ以外の季節は草や葉、低木、根、地衣類、針葉樹の葉などを食べます。
捕食者にはオオカミやヒグマなどがいます。
子供はイヌワシに襲われることもあります。


行動
日中活発になるアルプスアイベックスは、季節的な移動を見せます。
夏場はより標高が高いところに、冬場は標高が低いところに、特に南に面する岩場に降ります。
彼らが南に面する岩場を利用するのは気温の問題ではなく、その場所の方が雪解けが早く、良質なエサにありつけるからです。
夏と冬の行動圏は数㎞離れますが、基本的に毎年同じ場所を利用します。

社会
アルプスアイベックスは、普段は雌雄別の10頭程度の群れで暮らします。
各群れには序列があり、特にオスは優位なものが繁殖の機会を多く持ちます。
オスは後肢で立ち勢いをつけて角同士をぶつけることで、優位を争います。
繁殖期になると、優位なオスは群れから離れ、目当てのメスをメスの群れから引き離し独占しようとします。
繁殖
繁殖は12月初旬から1月中旬に見られます。
メスの妊娠期間は約170日で、一度に1~2頭の赤ちゃんが生まれます。
子供は1.5歳ごろ性成熟に達しますが、特にオスが繁殖できるようになるのはさらに数年必要です。
寿命はオスが15~17年、メスが20~22年で、飼育下ではもっと生きる個体もいます。

人間とアルプスアイベックス
絶滅リスク・保全
アルプスアイベックスの個体数は約5.3万頭と推測されており、IUCNのレッドリストでは軽度懸念の評価です。
ただ、個体群は分断されており、遺伝的多様性の低さが問題となっています。
また、地球温暖化やハイキングなどの人間活動による影響、ダニによる感染症や伝染性呼吸器症候群、脳炎などの病気が今後彼らの生存を脅かす可能性があります。
狩猟はもはや脅威とされておらず、スイスやオーストリア、スロベニアなどでは管理された狩猟が行われています。
ただ、フランスとイタリアでは狩猟は違法です。

動物園
アルプスアイベックス含め、アイベックスという名を持つ種を日本で見ることはできません。
