ツキノワグマの基本情報
英名:Asiatic Black Bear
学名:Ursus thibetanus
分類:クマ科クマ属
生息地:アフガニスタン、バングラデシュ、ブータン、カンボジア、中国、インド、イラン、日本、韓国、北朝鮮、ラオス、ミャンマー、ネパール、パキスタン、ロシア、台湾、タイ、ベトナム
保全状況:VU〈絶滅危惧Ⅱ類〉
参考文献
冬眠する肉食動物
熱帯など温かい所に住む者を除き、ツキノワグマは樹洞や根上がり、岩穴などで冬眠します。
ツキノワグマの冬眠は、ヤマネなど他の冬眠動物の冬眠とは違い、体温は4~6度下がるのみ。
冬眠の間は、飲まず食わず、排泄、排尿も行いません。
また、途中で覚醒することもありません。
ただ、冬眠を妨げられたりなどすれば、瞬時に反応することができます。
ツキノワグマの冬眠は、エサが少なくなる冬を乗り越えるための生理機構だと考えられています。
冬眠前の9月~11月は飽食期と呼ばれ、この間にツキノワグマは堅果を中心に食べて脂肪を蓄えていきます。
飽食期の一日の摂取カロリーは5,000kcalを超え、飽食期を終えたツキノワグマの体重は、通常の1.3倍にもなると言われています。
冬眠の準備ができれば、早くて10月から冬眠に入ります。
冬眠に入る時期には食物の量が関係していると考えられており、堅果類が凶作の年は、早めに、豊作の年は遅くに冬眠に入ります。
冬眠中は心拍数と呼吸数が抑えられ、代謝は活動期の4分の1まで落ちます。
エネルギー源は脂肪で、タンパク質の損失はほとんどありません。
また、ツキノワグマは代謝物質をリサイクルしてタンパク質を取り出すという独自の仕組みを持っているため、筋力はあまり落ちません。
出産は、冬眠期間中に行われます。
ツキノワグマには数カ月の着床遅延が見られますが、これは十分な脂肪を蓄積できた場合のみ妊娠できるようにするための生理機構だと考えられています。
十分な脂肪を溜められずに出産に至れば、母親にとってそれは繁殖とエネルギーの損失になります。
このような母子共倒れを防ぐために、着床遅延は発達したのでしょう。
冬眠は長くて半年も続き、3月~4月には冬眠から目覚めます。
3月~5月の間、ツキノワグマは“walking hibernation(歩きながらの冬眠)”と言われるように、寝たり起きたりを繰り返しながら徐々に体力を回復していきます。
そして6月から交尾期に入り、繁殖を始めます。
ちなみにこの時期のツキノワグマのエネルギー収支はマイナスで、1日に500kcalほどしか得ることができません。
飽食期と比べると大きな違いです。
このように、ツキノワグマのライフサイクルの本質は、冬眠です。
冬眠を中心とした彼らの生活や生理機構はまだまだ分かっていないことが少なくありません。
必ず食物が欠乏する時期がある温帯で、冬眠という選択をし、その体をホモ・サピエンスが生まれる前から適応させてきた大型肉食動物、ツキノワグマ。
興味深い動物です。
参考:温帯の森林と動物について
ツキノワグマの生態
生息地
ツキノワグマは、東アジアを中心に、標高4,300mまでの落葉広葉樹林など森林地帯に生息します。
生息地の一部ではマレーグマやナマケグマ、ヒグマと同所的に生息しています。
ツキノワグマはヒグマよりも小さく、被食される場合もあります。
日本には本州および四国に生息していますが、四国の個体群は絶滅の危機に瀕しています。
北海道では生息の痕跡はありませんが、九州では1900年代前半までは生息していたと考えられています。
食性
ツキノワグマは雑食性で、食物の約9割を植物質が占めています。
エサのメニューは、季節によって変わります。
春は草本や木本植物の新芽や新葉、花、夏は草本植物やヤマブドウなどの液果、ハチやアリ、その幼虫など社会性昆虫、秋はブナやミズナラなど、脂質、炭水化物に富んだ堅果が主な食物となります。
ツキノワグマの摂食により、堅果の種子は破砕されますが、液果の種子はそのまま排泄されます。
そのため、彼らは種子散布者として森林の維持に貢献している可能性があるとされています。
一方、特に針葉樹の形成層を接触するクマ剥ぎ(樹皮剥ぎ)は、林業を営む人にとっては大きな脅威となっています。
捕食者には、ヒグマやアムールトラがいます。
形態
体長は110~130㎝、体重はオスが70~150㎏、メスが50~100㎏で性的二型が見られます。
特徴的な胸の三日月模様は遺伝し、日本のものには模様がないものもいます。
たくましい上半身と湾曲した3~5㎝の爪は木登りへの適応で、他の肉食獣と比べて広い臼歯は、植物をすりつぶすのに適しています。
耳の大きさは10~15㎝で、大陸産のツキノワグマではたてがみが特徴的です。
冬と夏には換毛します。
行動
ツキノワグマは昼行性ですが、飽食期の秋には夜も採食する場合があります。
単独性で、なわばり性は非常に弱いと言われています。
行動圏は20~300㎢で、オスの方が大きくなります。
また、メスは行動圏への定着性が高く、排他的な領域がある可能性も指摘されています。
行動範囲は季節変化に伴う食物の量の変動によって垂直方向、水平方向に変動します。
特に堅果類では結実量を一定範囲で同調、年変動させるという特徴がありますが、凶作の場合、ツキノワグマは行動範囲を広げることが知られています。
しかし、これにより人との軋轢が生まれる場合があります。
繁殖
ツキノワグマの繁殖期は6~7月で、メスの発情は数日から10日の間。
交尾によってメスの発情が始まり、発情中、複数回排卵することもあります。
ツキノワグマは乱婚型の配偶形態をとるため、異父同腹仔が見られる場合もあります。
先述のように着床遅延があるため、見かけ上の妊娠期間は長くなりますが、実際は約2カ月となります。
出産は1月~2月の冬眠期間中に行われ、約300gの赤ちゃんが1~2頭産まれます。
産後も母親は冬眠を継続しますが、赤ちゃんはミルクを飲むため起きていることが多いです。
クマのように絶食状態で出産、哺育するのは他に例がありません。
クマのミルクは高脂肪、高タンパクで赤ちゃんは3カ月で2~3㎏にもなります。
1.5歳で独立し、4歳までに性成熟しますが、実際の繁殖はその先になります。
寿命は飼育下では40年近い記録もあり、ツキノワグマの生物学的寿命は約35年と言われています。
人間とツキノワグマ
絶滅リスク・保全
ツキノワグマは、世界的に見ると森林の伐採や農地、工業地への転換、胆のうなど体の一部を目的とした狩猟などの影響により、個体数を減らし続けています。
レッドリストでは絶滅危惧Ⅱ類に指定されており、ワシントン条約でも附属書Ⅰに記載され国際取引が禁止されています。
ツキノワグマの体の中でも特に胆のうは高値で取引されており、胆汁を採るためにツキノワグマの飼育施設があるほどです。
しかし、そこでの飼育には動物愛護的観点から国際的な批判が集まっています。
世界的には数を減らしているツキノワグマですが、日本では例外的に分布域と個体数が増えていると考えられています。
生息数は約2万頭などと言われていますが、科学的根拠は脆弱です。
ただ、そんな日本でも過剰な狩猟がツキノワグマにとって脅威となっている可能性が指摘されています。
ヒグマと合わせて年間数億円の農作物被害を出しているツキノワグマは、害獣として捕殺されることも少なくありません。
2006年、日本では4,000頭以上のツキノワグマが捕殺されています。
また、個体数は増えているとはいえ、西日本、特に四国では個体群が危機的状況にあります。
四国では30頭もいないと考えられており、九州に続き絶滅する可能性があります。
現在、西日本ではすべての地域個体群が狩猟禁止とされています。
動物園
そんなツキノワグマですが、野生だけでなく日本各地の動物園で見ることができます。
秋田県の大森山動物園、神奈川県のよこはま動物園ズーラシア、愛知県ののんほいパーク、京都市動物園、広島県の安佐動物公園、福岡市動物園、沖縄こどもの国などの動物園が、ツキノワグマを飼育・展示しています。
また亜種のヒマラヤツキノワグマ(U.t.laniger)は、北海道の円山動物園、愛媛県のとべ動物園にて見ることができます。
人間よりもはるかに早くから日本に入ってきた我々の先輩、ツキノワグマ。
彼らと今後も共存していくために、観察を通して彼らについて理解してみましょう。