国宝・犬山城のある愛知県犬山市。ここには、日本で唯一、霊長類を総合的に研究する京都大学霊長類研究所があります。今回は、この研究所で、森林が霊長類に与える影響をテーマとして研究されている、半谷吾郎准教授に話を伺いました。
半谷先生はヤクザル調査隊の事務局長でもあり、1993年以来毎年、屋久島のニホンザルを調査されています。そして2006年から2008年にかけての2年半はボルネオ島でも、そこに生息する霊長類を調査・研究されています。そんな半谷先生に、温帯と熱帯の森林とそこに棲む霊長類についてはもちろんのこと、サルを研究する理由など先生自身に関することや、減りゆく熱帯の森林に関することなどについてもお聞きしました。全4回でお送りします。
植林など保全活動が進み、森林の減少速度は次第に小さくなっているとはいえ、依然として森林は減り続けています。1990年には41.28億haだった世界の森林面積は、2015年には39.99億haにまで減少しています。その中でも特に大規模な減少が起きているのが熱帯の森林です。年々減少の程度は小さくなっていますが、他の気候帯と比べてもその規模の大きさは一目瞭然です。
半谷先生が調査されたことがあるボルネオ島も熱帯に位置しますが、上図を見てもここは特に減少が激しい地域です。しかし、図を見るだけでは実際の様子は分かりません。そこで、今回は『減りゆく森林』と題して、現地を見てきた先生に東南アジアの森林に何が起こっているのかということについてお話し頂きました。
――ここからは環境問題について伺いたいのですが、実際に現地の森に足を運んでいる先生から見て、特に熱帯の森林はどう変化していますか?
ボルネオに行くと分かりますが、オイルパームのプランテーションがずらーーーーーっとあります。今マレーシア、インドネシアでオイルパームのプランテーションは、国土面積の10%以上ある。それって大体日本の水田の割合と同じくらいなんですよね。別に日本の水田が自然破壊ではないということではなくて、色々な影響はあるんだけれども、にしてもそれは2000年かけてちょっとずつ広がっていったものです。しかし、オイルパームのプランテーションは50年前には存在しなかった。それで現在これだけの割合であるということは、ものすごいスピードで変化したということなんです。そして、日本の水田は元々あった天然の湿地の疑似的なもの、代替になりうるんだけれど、オイルパームのプランテーションは元々あった森林の代替には全然ならないわけです。つまり、それだけ多くの野生動物の住処が失われてしまったんですね。それに加え、そこに勤めている労働者の労働環境の問題や、農薬を使うことによる水質汚染の問題なんかもあります。
実はこれらは日本人にも非常に関連のある問題です。例えば、僕はチョコレートを買うのに非常に抵抗がある。いつも植物油脂が入っていないチョコレートを探して購入しています。植物油脂、というのは、ほとんどがマレーシア、インドネシアで作られたパーム油です。製品の裏面を見てもらったら分かりますが、植物油脂というのは大体の製品に入っています。チョコレートもそうだし、アイスクリームもそうだし、ポテトチップスもそう。この現状を日本の人に知ってほしいですね。
あと熱帯の木材もそうですね。東京オリンピックなんかでも、コンクリートの型枠を作る時、熱帯の合板が使われたりしています。日本ではかつて、森がスギにどんどん変えられるということが起きました。その結果、現在日本の森林面積の約40%が人工林です。これらは本来使うために植えられたのですが、今となっては、ただの花粉症の温床のように、多くの人にみなされている。つまり、かつて植林したスギが今使える状態であるにもかかわらず、よその国に行って木を伐りまくっている※。それをゼロにすることは不可能ですが、できるだけ生物多様性を損なわない形で伐採するとか、労働者の環境に配慮したパーム油の生産をするとか、やろうと思えばできることがたくさんあります。日本ではあまり知られていませんが、パーム油に対する認証制度もあります。この間、認証を受けたパーム油を使うという声明を日清食品が出していましたが、そういった取り組みが広まっていけばいいと思います。既にあるオイルパームのプランテーションを今更森林に戻すことは難しいので、それをよりよく使っていくにはどうしたらいいかということを日本人も考えていかなければなりませんね。
※日本の国土面積における森林面積の割合(森林率)は、OECD加盟国34ヶ国中、フィンランドに次ぐ2位です(2015)。
実は日本は、木材の輸入大国として知られています。木材自給率は36.6%(2018)、つまり、6割強をカナダやマレーシア、オーストラリアなど海外の木材に頼っているのです。
また、エネルギーもそのほとんどを海外の資源に頼っています。エネルギー自給率は2017年度で9.7%です。さらに、日本はエネルギー供給の9割以上を化石エネルギーが占めています。これは太陽光発電などの自然エネルギーを活用する海外と比べると非常に高い割合です。そして、日本は先進国の中では石炭への依存度が高く、2019年スペインで開催された国連気候変動枠組み条約第25回締約国会議(COP25)の開催中には、脱石炭への道筋を示さなかったことなどから、地球温暖化対策に消極的な国に贈られる「化石賞」を2度も授与されています。
これらの他に、先ほども出てきたパーム油や紙製品などなど、私たちは想像以上に海外の自然に依存した生活を送っています。そして残念ながら今の所、これは自然破壊に加担した生活を私たちは送っていると言い換えることができてしまいます。しかし、このことを我々のどれくらいが自覚しているでしょうか。普段どのくらい製品の先にある環境を意識して生活しているでしょうか。
そんな中、適切な保全、地域への貢献というような持続可能な方法で森林やプランテーションを管理したり、そのような方法で生産された物を使ったりする企業や団体が増えてきています。そして、これら持続可能な自然利用をしている森林や製品に対しては、様々な認証制度が存在します。例えば、先生のお話にも出てきたパーム油に対する認証制度として、RSPO認証や、FSCの森林認証などが知られています。私たち一人一人の生活が重なって今の自然破壊が進んでいるのなら、私たち一人一人の行動でその自然破壊を止められるはずです。自然がなくなって最終的に困るのは私たち自身です。そうならないためにも、このような認証を得た物を選んで買う、マイバッグを使うというような小さいことを積み重ねることが大事だと思います。
RSPOについてはこちら
FSCについてはこちら
長かったインタビューも終わりに近づいてきました。最後に先生のオススメの本を聞いてみました。動物の中でも霊長類は特に研究が盛んで、様々な書籍が出版されています。そんな中、先生はどのような本をオススメしてくれるのでしょうか。
――最後に、霊長類や生態学に関する本の中で、先生のオススメを教えてください。
研究というのはそれをやった人がいるわけで、その人たちの人生の話が面白いですよ。もちろんこの本にはオランウータンとテングザルに関することが書かれていますが、研究者についても知ることができます。二人ともマレーシアの同僚で、サルを研究している人が周りにいない大学院に進学して、自分の独力でボルネオで調査しています。そこで様々な苦労を経て、実を結んだ。こういうことを色々な人に知ってもらえると嬉しいですね。サルってこんなに面白いんだと知るきっかけの一つとして、サルを研究している人がこんなに面白いことをしたんだという、人の物語は皆さんにとっても面白いと思います。自分の知らないこんな面白い世界があり、こんな冒険みたいな話があるんだなと、興味を持ってもらえたら嬉しいです。
左:金森朝子『野生のオランウータンを追いかけて―マレーシアに生きる世界最大の樹上生活者』東京大学出版会、2013
右:松田一希『テングザル―河と生きるサル』東京大学出版会、2012
霊長類についてだけでなく、その霊長類を研究する人についても楽しく知ることができる2冊の本を紹介いただきましたが、実は先生自身もそのような本を鳥類学者の松原始さんとの共著で出しておられます。それが『サルと屋久島―ヤクザル調査隊とフィールドワーク』です。既に紹介したように、先生はヤクザル調査隊の事務局長で、長年ヤクシマザルの調査をされています。この本では、そのヤクザル調査隊のあゆみ、先生自身が経験した苦労や発見などがたっぷり詰まっています。サルについてはもちろんのこと、研究者や調査についても知ることができる興味深い本となっているので是非読んでみてください。
さて、これでようやく終わりを迎えましたが、いかがでしたでしょうか。普段触れる事のない霊長類の研究や研究者について、興味を持っていただければ嬉しいです。この企画は私自身学ぶことが多いので、是非またやりたいと思っています。なので、霊長類のここについてもっと知りたいなどという要望、質問等ありましたら、どしどしお問い合わせください。
最後になりますが、若輩者の我々のインタビューを快く受けてくださった半谷先生に改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。(聞き手:生き物.com)