ニホンカモシカの基本情報
英名:Japanese Serow
学名:Capricornis crispus
分類:鯨偶蹄目 ウシ科 カモシカ属
生息地:日本
保全状況:LC〈軽度懸念〉

参考文献
特別天然記念物
日本郵便のいくつかの切手には日本の動物が採用されています。
2円切手にはエゾユキウサギ、5円切手にはニホンザル、10円切手にはトキ、20円切手にはニホンジカが選ばれていますが、50円切手に採用されているのが、この中ではニホンザルと同じく日本にしか生息しない日本の固有種、ニホンカモシカです。
シカと名前についていますが、彼らはシカ科ではなくウシ科の動物です。
シカ科はトナカイを除くとオスにしか角が生えませんが、ウシ科のカモシカにはメスにも角が生えます。
ニホンジカと異なり単独性で雌雄ともになわばりを持つニホンカモシカですが、森林に依存する動物でニホンジカと分布域を重複させています。




ニホンカモシカは、北は青森県から南は宮崎県まで、本州、四国、九州に生息しています。
ただ、森林の改変が古くからあった四国と九州には一部にしか生息していません。
また、本州でも中国地方には不在です。
ただ、かつて彼らが生息していた痕跡や記録は存在します。
ニホンカモシカがいつ日本にやってきたのかは分かっていませんが、最古の化石は9万年前のものであるため、それよりも前にやってきたと考えらえています。
そんなニホンカモシカは、かつては狩猟獣として盛んに狩られていました。
肉は貴重なタンパク源となる食用に、良質な毛皮は敷物や手袋、足袋などに、角は薬やカツオ漁の擬餌針の材料に、蹄や内臓は薬に使用され、価値が高かったのです。
しかし、1925年の狩猟法改正により、彼らは狩猟獣から除外されます。
そして1934年には国の天然記念物に、1955年には国の特別天然記念物に指定されます。
天然記念物は学術上高い価値を持つ動植物や地質鉱物が指定されます。
一方、特別天然記念物はその中でも世界的、国家的に特別価値が高いものが指定され、保護、保存がより徹底されます。
現在、特別天然記念物には75の動植物や場所が登録されており、動物では他にトキやライチョウ、オオサンショウウオ、コウノトリ、アマミノクロウサギ、イリオモテヤマネコなどが指定されています。
さて、ニホンカモシカが狩猟の対象から外れ、保護されるようになったのも彼らの個体数が少なくなったからです。
彼らが特別天然記念物に指定されたころ、その個体数は3,000頭程度であったとされています。
しかし、1950年代までは密猟は行われていたものの、狩猟禁止という保護により、1970年代には7万頭以上にまで増加します。
これには、戦後復興に伴い増加する、木材への需要に応じるべく進められた、国の拡大造林政策も大きく関係しています。
全国各地で天然林が伐採され、スギやヒノキなどの常緑針葉樹に転換された結果、幼齢木の芽を食べるニホンカモシカにとっては適した環境が生まれたのです。
こうして数を増やしていったニホンカモシカは、一方で人間にとっては厄介な存在になっていきます。
1970年代以降、造林地の被害や農作物の被害などが顕在化してきたのです。
しかしニホンカモシカは特別天然記念物。狩猟や捕獲は禁止されています。
そこで1979年、設定された保護地域内のカモシカのみを天然記念物として扱い、地域外のものは個体数調整を可能にする、当時の環境庁、文化庁、林野庁によるいわゆる「三庁合意」がなされます。
これ以降、長野県や岐阜県をはじめとして、いくつかの県で捕獲が実施されます。
今でも都府県を捕獲の実施主体として、年間500頭程度のニホンカモシカが捕獲されています。
天然記念物でありながら個体数調整が実施されている現在、その全個体数は知られていませんが、ニホンカモシカの生息密度は低下しているとされています。
理由としては捕獲やニホンジカとの競合が考えられます。
シカの密度が高いところではカモシカの密度は低いことが知られており、カモシカからシカへの置き換わりがあることも確認されています。
彼らの間にどのような関係があるのかについては今後の調査が待たれますが、彼らは何らかの競合関係にあるのかもしれません。
これにもまして重要なのは、環境の変化です。
彼らの密度が高かった1970年代と比べると、彼らに好適である若い造林地はもはやほとんどありません。
このように考えると、ニホンカモシカは狩猟によって数を減らした20世紀初頭のように、再び「幻の動物」になってしまうのかもしれません。

令和4年度 特別天然記念物カモシカ 食害対策 捕獲個体調査報告書 2023年3月 | 岐阜県
ニホンカモシカの生態
名前
カモシカは漢字で「氈鹿」。
氈とは獣毛で織った敷物のことで、実際カモシカの毛は敷物に使われてきました。
学名のうちCapricornisは「雄ヤギ」という言葉と「角」というどちらもラテン語の言葉に由来し、crispusは「カールした」、「縮れた」といった意味のラテン語です。
分類
カモシカ属には他に5種ほどが知られています。
カモシカ属に最も近縁なのはゴーラル属で、約200万年前に分岐したとされています。
ジャコウウシはその次に近縁で、3属でジャコウウシ亜族を構成します。


生息地
日本の低山帯から亜高山帯にかけて分布します。
かつて常緑広葉樹林にもいた可能性はありますが、現在は落葉広葉樹林に生息します。
避難場所として岩場を好みます。
形態
体長は93.5~115.5㎝、肩高は68~80㎝、体重はオスが31.4~40.4㎏、メスが33.4~43.4㎏で、性差はほとんどありません。
洞角と呼ばれるシカのようには抜け落ちない角は雌雄ともに生え12~14㎝にまで成長します。
角は生後3~5ヵ月で生え始めます。
ほぼ白から黒褐色まで体色はさまざまですが、北方のものは淡く、南方のものは濃い体色の傾向にあります。
ニホンジカほど顕著ではありませんが、南方の方が若干小型です。
眼窩腺が発達しており、目が4つと誤認されることもあります。

食性
ニホンジカよりもブラウザーの傾向があるニホンカモシカは、葉や枝先、芽などを主食とします。
利用する植物はオオカメノキやオオバクロモジ、ミズナラ、イタドリなど100種以上にわたり、頻度は少ないものの種子や、果実、キノコ、地衣類、シダ類なども食べます。
利用種数は夏に多く、冬に少なくなります。
エサが少ない冬には常緑針葉樹やササ類、シダ類の利用が多くなり、他の季節は落葉広葉樹やスゲ、広葉草本を食べます。
シカのように樹皮を食べることはあまりありません。
ミネラル補給のために土を食べたりコンクリートをなめたりします。
胃を4つ持つ反芻獣であるニホンカモシカは、ジェレヌクのように時に後肢で立ち上がりエサを食べることもあります。
捕食者はニホンオオカミが絶滅した現在、ほとんどいませんが、ツキノワグマがニホンカモシカを殺した例が複数あります。


行動
昼も夜も活動しますが、薄明薄暮時に活発になります。
2~3時間間隔で休息と活動を繰り替えします。
ジャンプ力は比較的弱く、90㎝程度までなら柵を飛び越えることができます。
あまり見られませんが、泳ぐこともできます。
特に繁殖期になると、雌雄ともに眼窩腺を木の葉や枝、幹にこすりつける行動がよく見られます。
社会
ニホンカモシカは単独性ですが、母と子からなる2~4頭の群れで見られることもあります。
行動圏は通常数十haですが、100haを超えることもあります。
定住性で季節移動と呼べるものは見られず、季節ごとの行動圏は大きく重複します。
オスは3頭までのメスの行動圏と大幅に重複しており、それらのメスと繁殖しますが、つがいとなることが多いです。
雌雄ともになわばりを持ち、同性他個体との闘争では角が折れる場合もあります。
成長した子は母親の行動圏と重複する傾向にありますが、成長とともに母子関係は薄くなり、雌雄とも分散していきます。
なわばりを持つか否かは繁殖の成功度にかかわる可能性が高く、非なわばり個体は、なわばり個体の死亡や消失などのタイミングでなわばりを持つようになります。

繁殖
9月から12月が交尾期でピークは10月と11月、出産期は春で、5月後半から6月前半にピークに達します。
メスの発情周期は20~21日で、発情は2~4日持続します。
メスは210~220日の妊娠期間の後、50㎝、3.3~3.7㎏の赤ちゃんを通常1頭産みます。
一人隠れて育つハイダータイプのシカと異なり、ニホンカモシカはフォロワータイプで、赤ちゃんは生後すぐ親について歩きます。
生後6~7ヵ月までには離乳し、1歳ごろまで母親とともに行動します。
その後徐々に母親との行動が減少し、独立していきます。
性成熟にはオスが2.5~3歳、メスが2.5歳で達します。
野生での寿命は6~7年ですが、最大寿命は長く、22~24年になります。
人間とニホンカモシカ
絶滅リスク・保全
明治期、カモシカはさまざまな形で利用できる狩猟対象として重宝されており、東北のマタギもカモシカを狩猟していました。
しかし、現在、狩猟や捕獲は原則禁止で、一部地域でしか行われていません。
ニホンカモシカの全国的な個体数調査は行われていませんが、全体としては絶滅が懸念されるほどではなく、IUCNのレッドリストでは軽度懸念の評価です。
ただ、特に九州では2020年時点で大分県、熊本県、宮崎県に約200頭しか生存しておらず、地域的な絶滅が心配されています。


動物園
日本では動物園でもニホンカモシカを見ることができます。
ニホンカモシカが野生にいない広島県と長崎県では、それぞれ安佐動物公園と九十九島動植物園森きららがニホンカモシカを飼育しています。