ニホンジカの基本情報
英名:Sika Deer
学名:Cervus nippon
分類:鯨偶蹄目 シカ科 シカ属
生息地:中国、日本、ロシア、北朝鮮、ベトナム
保全状況:LC〈軽度懸念〉

参考文献
森林とシカ、そして人
和名、英名、学名を見ても明らかなように、ニホンジカは日本のシカです。
しかし、ニホンジカは日本だけでなく中国やロシアにも生息しています。
また、もともとの生息地でないアメリカやヨーロッパにも導入されているため、意外にも彼らの生息地は広範囲にわたります。
とはいえ、彼らのほとんどは日本に生息しています。
特に現在1,300頭生息する「奈良のシカ」は、春日大社の神鹿(しんろく)として長い間人々とともに暮らしてきた、世界的にみても珍しい野生のシカで、国の天然記念物に指定されています。
奈良のシカ以外にも人の市街地を行動圏の一部とするニホンジカもいますが、彼らの本来の住処は森林です。
しかし、日本の森林を見ると、市街地でのほほえましい様子とは裏腹に、森林とシカそして人間が織りなす厳しい現実が見えてきます。
明治から昭和にかけて盛んになった狩猟により、日本ではニホンジカが激減し、分布域も縮小しました。
これを受け、メスの捕獲が禁止されるなどの規制が強化された結果、個体数は回復しますが、1990年代以降、今度は過度に増えてしまいます。
ニホンジカの分布域は1978年から40年の間で2.7倍にもなり、2022年度末時点の個体数は250万頭前後と見積もられています。
また、捕獲数は2023年度で約72万頭。
1990年の捕獲数が4万2千頭、2013年の捕獲数が51万3千頭であることから考えても、シカが増え続けているであろうことがわかります。
シカが過剰となると、農作物への被害が拡大します。
シカは農作物に最も被害を及ぼす動物です。
令和に入ってからの全国の野生鳥獣による農作物被害額は約160億円程度で推移していますが、シカはその約3割を占めます。
令和5年度に至っては4割以上を占め、被害額は2位のイノシシの倍近くにもなります。
面積でいえばさらに割合は高まり、シカは農作物被害があった面積の約6割を占めます。

影響を受けるのは農作物だけではありません。
彼らが生息する森林もそうです。
シカの個体数がちょうどよければ、食べることで植生のバランスをとってくれるので、その存在は森林によい影響を与えます。
しかしひとたびその数が増えれば、樹皮をはいだり若い木や下層植物を食べたりして森林の更新を阻害し、場合によっては不可逆的な影響を与えてしまいます。
また、植物を食べすぎた結果、土地が裸になり土砂の流出を招くこともあり、ニホンジカの高密度化は大きな問題を引き起こしています。
現在、シカによる森林被害は最も重要視されており、全国の森林の約3割がシカによる何らかの被害を受けているとされています。
また、2023年度における野生鳥獣による森林被害面積は約5千haですが、ニホンジカはその6割以上を占めています。
ニホンジカのように個体数が増えすぎると、エサをめぐる種間の競合が激しくなり、いずれ個体数は減るのではないかと思ってしまいます。
実際、そうした事例は他の動物でいくつも知られており、これは負の密度依存性、密度効果と呼ばれています。
しかし、密度効果はニホンジカでは限定的とされています。
これには例えばアカシカやオジロジカと同所的に生息する地域で、ニホンジカが低質なエサで生存しているというように、彼らの食性の柔軟性が関係していることでしょう。
ニホンジカを捕らえる存在が少ないことも彼らの数がなかなか減らない理由でしょう。
明治時代に過剰な狩猟によりニホンオオカミが絶滅して以降、彼らを捕らえるのは人間だけとなりました。
しかし今や、狩猟の担い手は減少傾向にあります。
より効率的な捕獲、狩猟が今後ますます重要となってきます。
こうした状況を打破すべく、例えば日本でのオオカミの復活が唱えられることがあります。
これは主にアメリカのイエローストーン国立公園で、オオカミを再導入したことで増えすぎたエルクが減少し、生態系を復活させたという事例を教訓としていますが、環境も生態系も異なる日本でその例を適用することに慎重な声も少なくありません。
いずれにせよ、現在の状況は人間によるところが大きく、オオカミに頼るのではなく人間自身の手で解決していかなければなりません。


【特集】森林生物の遺伝学 意外に未解明なニホンジカの種内系統と遺伝構造について | 森林遺伝育種 第 13 巻(2024)
ニホンジカの生態
分類
日本に生息するニホンジカは大きく南北の2系統に分かれ、それぞれ独立に日本に入ってきたとされています。
日本では、エゾシカ(C. n. yesoensis)、ホンシュウジカ(C. n. centralis)、キュウシュウジカ(C. n. nippon)、マゲシカ(C. n. mageshimae)、ヤクシカ(C. n. yakushimae)、ケラマジカ(C. n. keramae)の6亜種が一般的に知られています。
このうちケラマジカは人為的な導入(17世紀ごろ)に起源を持つとされています。
このほか、中国や台湾でも亜種が知られています。
ちなみに奈良公園のシカは、最近の研究により1,000年以上孤立して存続してきた可能性があることが明らかになりました。

生息地
日本を主な生息地として、中国やロシアなどに点在して生息しています。
台湾では1969年に一度絶滅していますが、再導入されています。
韓国では絶滅しており、北朝鮮やベトナムでもおそらく絶滅したと思われます。
19~20世紀にかけてイギリスやヨーロッパ、ニュージーランド、アメリカ合衆国などに導入され、現在も生息しています。
ニホンジカは下層植生が茂る森林に生息しますが、採食時は開けた場所や人里に現れることもあります。
形態
体長はオスが90~190㎝、メスが90~150㎝、肩高はオスが70~130㎝、メスが60~110㎝、体重はオスが50~130㎏、メスが25~80㎏、しっぽは10㎝前後でオスの方が大きくなります。
日本における最大亜種はエゾシカです。
被毛は年に2度換毛し、夏毛には白斑が現れます。
冬毛は5~7㎝になり褐色です。
角(アントラー)はオスにのみ生え、先端が2~5つ、長さが30~80㎝になります。
春に抜け落ちた角は、5月に新たに生え、8月まで成長します。
この時の状態の角は袋角と呼ばれ、角の周囲を皮膚が覆います。
繁殖が始まる9月ごろこの皮膚は剥がれ落ちます。
角の基部は直径2.5㎝ほどです。
上あごの切歯は存在せず、胃は四つあります。
メスの乳頭も4つです。

食性
主に夏に草本類、冬にササや木本類の樹皮や枝などを食べます。
他に落葉や果実も食べます。
屋久島のヤクシカとニホンザルの亜種であるヤクザルは、サルが食べ終えるなどして落とした果実をシカが食べるという関係が知られています。
ニホンジカは反芻動物です。
微生物の助けを借りながら4つある胃を使って効率的にエサを発酵、消化します。

行動・社会
ニホンジカは薄明薄暮時に最も活発になりますが、人がいる場所では夜に活動することが多いです。
通常はオスとメスは離れて暮らします。
オスは単独か複数のオスと、メスは母子中心の小さい群れで生活します。
厚い積雪は嫌いますが、ある程度の場所であれば雪を踏み固めて道を作ったり、普段届かない場所のエサを食べたりして生存できます。
季節によって生息場所を移動することが知られています。
オスでは角を木にこすりつける角こすりが知られています。
また、体についたダニなどを落とすため、体温調節のために泥を浴びるぬた打ち(のたうちまわるの語源)も見られます。
繁殖
繁殖時、オスは一夫多妻のハーレムを作り、他のオスからメスたちを守ります。
この間、オスは体重の2~3割を失いますが、強いオスは最大10頭以上のメスを独占することができます。
繁殖は9月下旬から11月にかけて行われます。
メスは210~223日の妊娠期間の後、5~6月に体重4.5~7㎏の白斑が目立つ赤ちゃんを1頭産みます。
オスは1~2歳で母親の群れを離れていきます。
性成熟には1歳半ごろ達します。
寿命は飼育下で最大25年です。

人間とニホンジカ
絶滅リスク・保全
全体として個体数は増加傾向にあり、絶滅は懸念されていません。
IUCNのレッドリストでは軽度懸念の評価です。
ただ、日本以外のもともとの生息地では生息地の破壊や狩猟などにより、絶滅が懸念されることがあります。
中国や台湾、ベトナムにおいて、ニホンジカは肉としてだけでなく、袋角を乾燥させた鹿茸(ろくじょう)は強壮や鎮痛の効果がある薬としても需要があります。
日本において、ニホンジカは絶滅とは縁遠い状態にありますが、かつて輸入され養鹿場で飼育されていたアカシカなどの逃亡個体との交雑や、亜種間同士の交雑の影響が懸念されています。

養鹿実態とシカ亜科に関する遺伝的撹乱の可能性について | 環境省

動物園
日本では野生だけでなく、全国各地の動物園でニホンジカを見ることができます。
北海道の動物園ではエゾシカを見ることができますし、鹿児島県の平川動物公園では、鹿児島県・大隅諸島の一つである馬毛島に生息する亜種マゲシカを見ることができます。
