キバノロの基本情報
英名:Water Deer
学名:Hydropotes inermis
分類:鯨偶蹄目 シカ科 キバノロ属
生息地:中国、北朝鮮、韓国
保全状況:VU〈絶滅危惧Ⅱ類〉

牙が生えた例外のシカ
中国の長江河口付近と朝鮮半島の西側に生息するシカ科のキバノロは、英名では「水のシカ(Water Deer)」と呼ばれます。
確かに彼らは泳ぎが得意で、数㎞を泳ぐことができ、水辺でもよく見られます。
しかし、その依存の度合いはサンバーほどではありません。
サンバーは、日本では水鹿(すいろく)と呼ばれることもあるシカで、キバノロよりも水に依存した生活を送っています。

キバノロで注目すべきは、何よりもその牙でしょう。
シカ科のオスは、アントラーと呼ばれる角を持ちますが、キバノロは角を持たない唯一のシカ科動物です。
その代わり、キバノロのオスは長い上顎犬歯を持ちます。
外から見える部分の長さは最大5㎝にもなり、オス同士の闘争の際に使われるようです。
彼らのこの特徴は名前にも見ることができます。
例えば和名であるキバノロの「キバ」は、言うまでもなく彼らの牙に由来します。
一方、「ノロ」という言葉はノロ(ノロジカ)からきていると思われます。
ちなみにノロという言葉は、ノロジカ(朝鮮半島に生息するのはシベリアノロジカ)を指す韓国語「ノル」をもとにしています。
英名における別名にも、牙の存在を確かめることができます。
ノロジカの一般的な英名はWater Deerですが、彼らの牙を指して“Saber tooth Deer(サーベルの歯のシカの意)”や、“Vampire Deer(吸血鬼のシカの意)”と呼ばれることもあります。
ちなみに牙を持つシカ科動物には他に、キョンなどがいますが、彼らのオスはアントラーを持つという点で、キバノロほどは例外ではありません。


キバノロがシカ科の中で特異なのは牙の存在だけではありません。
通常、シカ科動物のメスは一度の出産で一頭の赤ちゃんを産みます。
しかし、キバノロは一度に1~3頭、例外的に8頭の赤ちゃんを産みます。
この一腹産仔数は、シカ科では圧倒的最多です。
このように例外的なシカ科動物であるキバノロですが、分類的にはシカ科の中でもキバノロ亜科という彼らしか分類されないグループに属します。
シカ科には他にノロジカなどが属するノロ亜科や、ニホンジカなどが属するシカ亜科というグループがありますが、彼らのユニークさはこうした分類上の話からも知ることができるでしょう。

キバノロの生態
生息地
川沿いの低木林や草原などで暮らしますが、乾燥した場所にも生息します。
もともとの生息地ではないイギリスやフランスでは、飼育個体が逃げ出し野生に定着しています。
形態
体長は77~100㎝、肩高は45~55㎝、体重は8~18.5㎏、尾長は6~7.5㎝で、オスの方がやや大きくなります。
犬歯はオスでは顕著ですが、メスにも小さいながら存在します。

食性
芽や草、葉、葦などを食べ、農作物も食べます。
キバノロは4つの胃を持つ反芻動物ですが、第一胃(ルーメン)が他と比べて発達していないため、芽などの高質なエサを選択的に食べるとされています。
行動・社会
薄明薄暮時に最も活発になるキバノロは、基本的に単独性ですが、高密度の場所ではペアや小さい群れで見られることがあります。
オスは行動圏内にいる他のオスを許容しませんが、メスは許容し、そうしたメスと交尾します。
糞尿や目の下、蹄などにある臭腺からでる分泌物でマーキングします。
キバノロは静かな動物ですが、危険を感じると鳴きます。
繁殖
繁殖は季節的で11月から1月にかけて行われ、出産は5月から6月に見られます。
メスの妊娠期間は170~210日で、通常1~3頭の赤ちゃんが生まれます。
赤ちゃんには斑点がありますが、生後8週ほどで消えます。
赤ちゃんは、生後数週間は茂みに隠れ、定期的にやってくる母親に母乳をもらって育ちます。
生後3か月で離乳、生後半年ほどで性成熟に達し、その頃独立します。
寿命は約10年ですが、生後4週までに最高40%の赤ちゃんが死ぬほど死亡率は高いです。

人間とキバノロ
絶滅リスク・保全
キバノロの全体的な状況は正確に把握されていませんが、個体数は減少傾向にあるとされており、IUCNのレッドリストでは絶滅危惧Ⅱ類に指定されています。
主な脅威は密猟と生息地の破壊です。
キバノロの離乳前の子の胃にある母乳が、人間の子供の消化不良に効くとして需要があり、その肉とともに密猟の主な目的となっています。
イギリスでは、キバノロはゲームスピーシーズとして娯楽的な狩猟の対象となっています。

動物園
日本ではキバノロを見ることはできません。
