イノシシの基本情報
英名:Wild Boar
学名:Sus scrofa
分類:鯨偶蹄目 イノシシ科 イノシシ属
生息地: アフガニスタン、アルバニア、アルジェリア、アンドラ、アルメニア、オーストリア、アゼルバイジャン、バングラデシュ、ベラルーシ、ベルギー、ブータン、ボスニアヘルツェゴビナ、ブルガリア、カンボジア、中国、クロアチア、キプロス、チェコ、エストニア、フィンランド、フランス、ジョージア、ドイツ、ギリシャ、香港、ハンガリー、インド、インドネシア、イラン、イラク、イスラエル、イタリア、日本、ヨルダン、カザフスタン、韓国、北朝鮮、キルギス、ラオス、ラトビア、レバノン、リヒテンシュタイン、リトアニア、ルクセンブルク、マレーシア、モルドバ、モナコ、モンゴル、モンテネグロ、モロッコ、ミャンマー、ネパール、オランダ、北マケドニア、パキスタン、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、ロシア、サンマリノ、セルビア、スロバキア、スロベニア、スペイン、スリランカ、スイス、シリア、台湾、タジキスタン、タイ、チュニジア、トルクメニスタン、トルコ、ウクライナ、ウズベキスタン、ベトナム
保全状況:LC〈軽度懸念〉

参考文献
ブタの祖先
日本にも生息する偶蹄類の一種、イノシシは、ほとんどの品種のブタの祖先種とされています。
それは学名にも表れており、ブタの学名はイノシシと同じでSus scrofaです。
また両者の染色体は2n=38で、交配し稔性のある雑種を生むことができます。
日本では、オスのイノシシとメスのブタから生まれたものはイノブタと呼ばれています。
とはいえ、このような共通点以上に、家畜種のブタには野生種のイノシシと異なる部分が沢山あります。
例えば、イノシシと比べるとブタでは下半身が大きく、鼻面は短縮し、尾は巻き、耳は垂れます。
体色もブタでは多様です。
また、脳や体サイズの性差はイノシシよりも小さく、牙は退縮しています。
また、ブタは早熟でイノシシが90㎏になるのに1年かかるのに対し、ブタは半年で100㎏になります。
性成熟も早く、ブタは早いと生後4~5ヵ月で発情をはじめ1歳になる前に繁殖します。
さらに、ブタは繁殖力もイノシシより高く、メスは1年に2~2.5回出産し、20~30頭の子を産むことができます。
これに関連し、乳頭はイノシシが5~6対なのに対し、ブタでは7~9対あります。
このような違いはブタが人間によって改良されてきたことによるものですが、ここでブタとイノシシの歴史を振り返ってみましょう。
偶蹄類は約5,500万年前に誕生したとされており、その頃はウサギほどの大きさでした。
そして約4,000万年前、そこからイノシシやペッカリーの祖先が誕生します。
イノシシが属するイノシシ属の誕生は約350万年前、東南アジアでのこととされ、イノシシはその系統から東南アジアの島で発生したとされています。
そこからイノシシは北上していきユーラシア大陸に広く分布していくわけですが、そのどこかで人類にその存在が知られます。
スペインのアルタミラ洞穴では、約1万5千年前のイノシシの絵を見ることができます。

その価値を見出されイノシシが家畜化され始めたのは約1万1千年前から、西アジアや中国など複数の地域で独立に家畜化されたと言われています。
ユーラシア各地で5,000~1万年前の遺跡からブタの骨が出土しており、ブタの飼育が広く行われていたことが推測されます。
ちなみに日本にはイノシシの亜種、ニホンイノシシとリュウキュウイノシシが生息していますが、彼らが家畜化された証拠はありません。
一方、縄文時代の遺跡から出土する動物の骨の約3分の2、弥生時代のそれの約4割がイノシシの物であり、家畜化はされずとも日本ではイノシシが古くから重要な動物だったことが伺えます。
このようにして家畜となったブタですが、今では500近い品種があるとされています。
そのうち世界的に流通しているものはヨークシャーやランドレースなど30品種ほどです。
世界では家畜化の始まりの地である西アジアなどブタを不浄、貪欲などと結びつけ嫌い、食べることを禁ずる文化すらありますが、日本を含め東アジアでは食料としてブタは非常に重要な存在です。
「家」という字が屋根の下にブタが入るという意味を表す表意文字であることからもそれはわかるかもしれません。
人類に多大な貢献をしてきたブタですが、その祖先種であるイノシシは今、人間の生活を脅かしています。
その内実を次の章で見てみましょう。

最も繁栄する哺乳類
イノシシはもともとユーラシアに生息する生き物ですが、ヒトの繁栄とともに各地に導入され、今では南極大陸を除くすべての大陸に生息します。
イノシシはもはや、最も広く分布する陸生哺乳類の一種となっています。
そんなイノシシは雑食性で様々な環境で暮らすことができます。
こうした彼らの特性は、人間との軋轢を生むことになります。
つまり、イノシシが農地に現れては作物を食い荒らすのです。
イノシシは頑丈な鼻でエサを掘り起こすため、作物それ自体だけでなく農地そのものを荒らしてしまいます。
農作物のほとんどをエサとすることができる彼らは、世界各地で害獣として好まれない存在です。
イノシシは作物を荒らすその報復として捕殺されたり、管理を目的として捕獲されたりしますが、ここでは日本の例を見てみましょう。
日本には北海道を除く都府県にイノシシが生息しており、本州、九州、四国にはニホンイノシシが、奄美大島や沖縄本島などにリュウキュウイノシシが生息しています。
その日本において、イノシシはシカに次いで農作物に被害を与える哺乳類です。
その分布域は1978年度から2018年度までの40年間で約1.9倍にまで拡大しており、令和5年度の農作物の被害額は、イノシシによるものが約36億円。
これは哺乳類による被害額全体の26.5%を占めています。
これ以上の被害拡大を防ぐため、平成19年の「鳥獣被害防止特措法」の成立をはじめとして、国を挙げての管理が実施されています。
被害防止等を目的とした許可に基づく捕獲と狩猟による捕獲は、令和に入ってからは50万頭以上で推移しています。
こうした努力の甲斐あって、イノシシの個体数は漸減しており、ピーク時には130万頭以上いるとされていましたが、令和4年度には約78万頭前後と推測されるまでに至っています。
とはいえ、まだまだ被害は小さくありません。
政府はこの数字を令和10年度までに約60万頭になるまで減らしたいと考えているようです。
人間が生活するうえで、イノシシの繁栄は時に脅威となります。
一方、イノシシを含め動物の生活にとって、人間の繁栄もまた脅威です。
両者が適度に繁栄し共存する社会が理想ですが、こと日本のイノシシの例においては、その理想に近づきつつあるかもしれません。
いま、獲らなければならない理由 -共に生きるために- | 環境省

イノシシの生態
分類
約17の亜種が知られています。
ニホンイノシシやリュウキュウイノシシも亜種の一つです。
生息地
もともとの生息地はヨーロッパやアジアです。
温帯から熱帯まで、半砂漠からステップ、熱帯雨林まで様々な環境に生息します。
ヨーロッパでは主に広葉樹林に生息しています。
隣接する農地にエサを探しにきたり、市街地に現れることもあります。
イギリスでは一度絶滅していますが、飼育個体が逃げ出すなどして定着しています。
エジプト、アイルランド、リビア、ノルウェーでは絶滅しています。

形態
体長は150~240㎝、体重は66~272㎏、尾長は21~38㎝で、オスの方が大きくなります。
ニホンイノシシは60~120㎏、リュウキュウイノシシはそれより小型で50~60㎏です。
イノシシは初期の偶蹄類のように、切歯、犬歯、小臼歯、大臼歯のすべての歯を持っており、反芻はしません。
上顎犬歯は5~10㎝にもなり、通常下顎よりも大きいです。
食性
雑食性ですが、90%を植物質が占めます。
果実や種子、茎、根が重要な部分です。
一部の種子は消化されずに排出されるため、イノシシは種子散布者としての役割を持ちます。
このほか、昆虫や甲殻類、魚類、死肉などを食べることもあります。
シカの子など小さい哺乳類をエサにすることもあるようです。
捕食者にはオオカミやヒグマなどが知られています。


行動
日中でも夜でも行動しますが、薄明薄暮時に活発になります。
1日の4~8時間を採食や餌場への移動に費やします。
行動圏は1~4㎢です。
寄生虫を落としたり体温を調節したりするために泥浴びをよくします。
日本でこれは「ヌタうち」とよばれ、「のたうちまわる」の語源にもなっています。
トップスピードは45㎞/hにもなり、助走なしで垂直に1mジャンプすることができます。
社会
メスとその子はサウンダーと呼ばれる6~20頭の群れを作ります。
群れは100頭以上の大規模になることもあるようです。
メスが生まれた群れに留まる傾向にある一方、オスは生まれてから1~2歳で独立し、単独行動をします。
そして繁殖期になると群れに合流し、複数のメスと交尾します。
繁殖期のオスは強烈なにおいを放ち、攻撃的になります。
メスは出産が近くなると一時的に群れから離れ、出産後に再び合流します。

繁殖
繁殖は季節的な傾向があり、日本では12月から2月にかけて繁殖が見られます。
メスは年に最大2度出産することができますが、通常は1度です。
妊娠期間は108~120日で、体重400~800gの赤ちゃんが平均5~6頭生まれます。
赤ちゃんには特徴的な縞模様が存在し、ウリボウと呼ばれます。
この模様は生後4ヵ月ほどで消失します。
子は生後8~12週で離乳し、1~2歳で性成熟に達します。
寿命は1~2歳が多いですが、10年近く生きる個体もいます。
飼育下では20年以上生きる個体もいるようです。

人間とイノシシ
絶滅リスク・保全
広い分布域を持つイノシシには特に脅威は存在しません。
ただ、一部地域ではスポーツ目的の狩猟が行われたり、ブタ熱などの病気が蔓延したり、リュウキュウイノシシにみられるような野生ブタの遺伝子が混ざったりするなどの脅威が存在します。
ただ、全体として絶滅の心配はなく、IUCNのレッドリストでは軽度懸念の評価です。


動物園
イノシシは全国各地の動物園で見ることができます。
沖縄こどもの国では、リュウキュウイノシシを見ることができます。
野生でイノシシを見つけた際は、非常に危険なので静かに離れましょう。
鋭い牙がちょうどその位置にある太ももの血管を切り裂き、人が死亡した例があります。