フタコブラクダの基本情報
英名:Wild Camel
学名:Camelus ferus
分類:鯨偶蹄目ラクダ科ラクダ属
生息地:中国、モンゴル
保全状況:CR〈絶滅危惧ⅠA類〉
参考文献
耐久力No.1
ラクダは、哺乳類の中でも並外れた耐久力を持ちます。
特に野生のフタコブラクダは2~3年に1回しか雨が降らないような極端な乾燥地域に生息していますが、この環境を彼らはコブで生きのびます。
コブには脂肪が詰まっており、この脂肪のおかげで、ラクダは飲み食いせずに数週間は生きられるとされています。
脂肪が少なくなると、コブはだらんと横に倒れますが、水を飲めば元通り。
水分は餌から得ることが通常ですが、水場があれば彼らは1分間で10ℓというスピードで水を飲むことができます。
さらに彼らは汗腺が少なく汗をほとんどかきません。
また、体温を34~41℃の間で変動させることもできます。
これらは乾燥した環境下で可能な限り水分を失わないように進化の途上で得られた特徴であると考えられます。
乾燥した砂漠という環境は、野生のフタコブラクダの生息地を吹きすさぶ最大風速40m毎秒の風によってさらに過酷になります。
10分間平均の最大風速が17m毎秒を超えることが台風であることの条件の一つとなっていますが、それを優にしのぐ爆風でもラクダは意にも介しません。
長いまつげ、小さくて毛深い耳、自由に閉じることができる鼻が突風や砂から目を守ってくれるからです。
こうしたタフネスについて、野生のフタコブラクダはヒトコブラクダや家畜化されたフタコブラクダをもしのいでいます。
野生のフタコブラクダは冬には−40℃、夏には55℃にもなる過酷な環境で生きています。
暖かくなると抜け落ちる、20㎝以上もの厚い毛皮が秘訣です。
ヒトコブラクダも暑さには耐えられますが、これほどの寒さには耐えられません。
また、ラクダは特殊な腎臓のおかげで塩分への耐性がヒツジの8倍もありますが、野生のフタコブラクダは家畜種が飲めないような塩分の高い水も飲むことができます。
さらに、野生のフタコブラクダには放射線に耐えたという実績があります。
彼らの生息地では、日本に落とされた原爆よりも強力とされる核実験がこれまでに43回行われています。
フタコブラクダたちはこの実験に耐えただけでなく、何の問題もなく繁殖しています。
過酷な環境下で作られたラクダの強靭な肉体は、「砂漠の船」としてある時期の人間にとっては欠かせないものとなります。
人の歴史を変えた砂漠の船
今を生きるラクダ科の祖先は約4,500万年前に北米で誕生し、繁栄しました。
その後の約300万年前、ビクーニャなどの祖先は南米に、ラクダの祖先はベーリング陸橋を渡ってアジアに移動しました。
ヒトコブラクダとフタコブラクダの分岐時期は不明ですが、この頃にはすでに分岐していた可能性もあると言われています。
アジアに渡ったラクダたちは、のちに人間によって家畜化されます。
フタコブラクダについてはほとんど何もわかっていませんが、ヒトコブラクダは3,000~5,000年前にアラビア半島で家畜化されたとされています。
家畜化されたラクダは厳しい環境に耐えることができ、さらに300㎏近い荷物を運ぶことができたため、輸送用として各地で利用されました。
ヒトコブラクダはアラビアから砂漠を渡ってエジプトやイランなどに金属や塩、奴隷などを輸送しました。
一方のフタコブラクダは中国からイランまで、車輪に適さない道なき道を進み人の交易を助けます。
このフタコブラクダの東方のルートはシルクロードと呼ばれるようになり、最終的にはローマに至る道となります。
その時代の交易ネットワークはラクダによると言っても過言ではありません。
また、ラクダは戦力としても重宝されました。
ウマよりも大きく、最高時速70㎞とウマに劣らない走力を持ち、ウマにもまねできない時速40㎞で1時間走り続けられる持久力があるラクダの騎兵隊は、十字軍の戦いやナポレオンの遠征などで活躍しました。
車が登場してからはその有用性は落ちてしまいましたが、彼らがいなければ人間の歴史は変わっていたことでしょう。
ところで、野生のヒトコブラクダはすでに絶滅しており、フタコブラクダは生存数1,000頭未満と危機的状況にあります。
一方、人に貢献してきた家畜化されたヒトコブラクダは1,500万頭、フタコブラクダは200万頭いると推測されています。
かつてヒトコブラクダはオーストラリアにおいて西欧人の入植の際に利用されましたが、再野生化した個体が人の生活を脅かすほどに増加しており、2009年から2013年には16万頭が殺処分されています。
砂漠の船は乗り捨てられてしまったのでしょうか。
フタコブラクダの生態
分類
近年のDNA研究の結果、野生のフタコブラクダと家畜種(Camelus dromedarius)の間には約3%の塩基配列の違いがあり、少なくとも70万年前には分岐し、互いに交配することなく今に至っていることがわかりました。
両者は現在別種とされていますが、稔性のある雑種(コブは一つ)を作ることができます。
この雑種は両種より大きく、500㎏近い荷物を運べたため珍重されました。
このように雑種が親よりも優れた特性を見せることを雑種強勢と言います。
生息地
野生のフタコブラクダは、中国とモンゴルにまたがるゴビ砂漠と、今は干上がったロプノール湖周辺、タクラマカン砂漠に生息します。
家畜種はイランやアフガニスタン、パキスタン、カザフスタン、中国、モンゴルに生息しています。
形態
体長は2.2~3.5m、肩高は1.8~2.3m、体重は300~690㎏、尾長は35~55㎝で、一般的にオスの方がメスよりも大きくなります。
ラクダ科のなかまは有蹄類では唯一蹄がなく、代わりに指先はパッド状の構造で覆われています。
そのため蹄よりも柔軟で、よく広がる2本の指は、砂漠環境での歩行を助けます。
ラクダは日常的に側対歩を行う珍しい動物です。
ラクダは有蹄類では珍しく犬歯が生えています。
■参考:側対歩について
食性
ラクダは主に草や木を食べます。
口内は硬いのでサボテンの棘もお構いなしです。
ラクダは反芻しますが、ウシの系統とは別に進化させた3つの胃を持っており、微生物の力で植物を消化吸収します。
行動・社会
フタコブラクダは昼行性で、6~20頭の単雄複雌の群れを作ります。
移動して暮らすため、なわばり性は弱いです。
視覚と嗅覚が発達しており、3㎞先のにおいがわかると言われています。
オスは繁殖期には食べずに繁殖活動にいそしみます。
また、この間より攻撃的になり、群れのオスは他所からくる放浪オスに群れのメスを奪われるのを防ぐために戦います。
繁殖
メスの発情期間は3~4日で、交尾した刺激で排卵します。
出産間隔は約2年で、約13カ月の妊娠期間ののち、40㎏ほどの赤ちゃんを1~2頭産みます。
赤ちゃんは生まれてから1日以内に立てるようになります。
子供は2歳ごろ離乳し、5歳ごろ独立します。
性成熟にはオスが3~8歳、メスが約5歳で達します。
寿命は30年ほどですが、50年生きる個体もあるようです。
人間とフタコブラクダ
絶滅リスク・保全
野生のフタコブラクダは1985年から約半分になったとされており、現在は中国に600頭、モンゴルに350頭が生息していると推測されています。
IUCNのレッドリストでは絶滅危惧ⅠA類に指定されており、さらなる減少が懸念されています。
主な脅威は合法違法問わず、磁器の材料となるカオリナイトなどの探鉱やガスのパイプラインの建設、報復目的、肉目的の狩猟、オオカミによる捕食です。
このような状況に対し、地元政府の協力のもと自然保護区の設定や人工繁殖などの保護活動が行われています。
動物園
野生種の飼育は日本ではありませんが、家畜種は全国各地の動物園で見ることができます。
特に神戸どうぶつ王国では、フタコブラクダに乗れるラクダライドを体験できます。
また、動物園ではありませんが鳥取砂丘でもラクダに乗ることができます。
※当図鑑で使用した写真はすべて家畜種