ニシインドマナティーの基本情報
英名:American Manatee
学名:Trichechus manatus
分類: 海牛目 マナティー科 マナティー属
生息地: 北大西洋、南大西洋、北米、中米、南米、バハマ、ベリーズ、ブラジル、コロンビア、コスタリカ、キューバ、フランス領ギアナ、グアテマラ、ガイアナ、ホンジュラス、ジャマイカ、メキシコ、ニカラグア、パナマ、プエルトリコ、スリナム、トリニダード・トバゴ、ベネズエラ、アメリカ合衆国
保全状況: VU〈絶滅危惧Ⅱ類〉

参考文献
マナティー
マナティーは、海牛目に分類される哺乳類です。
海牛目にはほかにジュゴンがおり、18世紀西洋世界に発見された後、わずか四半世紀で絶滅した、体長10mにもなるといわれるステラーカイギュウも属しています。

現生するマナティーには、ニシインドマナティー(アメリカマナティー)、アマゾンマナティー、アフリカマナティーの3種がおり、ニシインドマナティーには、アメリカ合衆国の大西洋沿岸に住むフロリダマナティーと、バハマからブラジルにかけて生息するアンティルマナティーの2亜種が知られています。
このうち、ニシインドマナティーとアフリカマナティーは広い塩分濃度の変化に対応できる広塩性ですが、アマゾンマナティーは淡水生です。
ニシインドマナティーとアフリカマナティーは、それぞれとアマゾンマナティーよりも近縁らしく、分子時計によると約30万年前に分岐したと推測されています。
ニシインドマナティーとアマゾンマナティーはアマゾン川河口域で生息域が重複しており、混雑も確認されています。
マナティーで最も知見が蓄積されているのはフロリダマナティーで、ほかのマナティーはいまだよく知られていません。

ところでマナティーとジュゴンはよく間違えられますが、違いはあるのでしょうか。
どちらも同じような見た目で、同じようなものを食べ、同じように消化し、同じような場所で暮らし、同じような社会を持ちます。
さらには同じようにして人間により消費されます。
実はマナティー科とジュゴン科は2,500万年~4,000万年前もの昔に分岐したとされています。
それでここまで似ていることにも驚きですが、やはり異なる部分が少なくありません。
例えば彼らはどちらも沿岸域に生息する顕花植物を食べますが、ジュゴンが海底に生える植物を食べるのに対し、マナティーは海底から水面まで多種多様な植物を食べます。
この食性は形態にも影響しています。ジュゴンは海底の植物を食べるため、吻部が下向きに約70度、大きく傾いています。
一方、マナティーでは海底だけでなく浮いている植物なども食べるため、その傾きは15~50度ほどです。
吻だけでなく、歯にも食性の影響が見られます。
植物を食べると少なからず歯が摩耗しますが、ジュゴンはこれに対して一生伸び続ける臼歯で対応します。
一方、摩耗性のイネ科植物も食べるマナティーは、臼歯を無制限に入れ替えることで摩耗に対処します。
この歯の入れ替えは非常に独特です。
通常、人間のように古い歯を下から押し出して新しい歯が生えてきますが(垂直置換)、マナティーの場合、ベルトコンベヤー式に古い歯を後ろから新しい歯が押し出す形で入れ替わります(水平置換)。
この方式はゾウとよく似ており、海牛類と長鼻類の近縁性が示唆されます。

ここまで詳細に観察せずとも、マナティーとジュゴンは尾びれの形で一発で見分けることができるのですが、いずれにせよ、マナティーとジュゴン、彼らは似て非なる動物なのです。

ニシインドマナティーの生態
生息地
ニシインドマナティーは、アメリカ合衆国のフロリダ半島からブラジルにかけて、沿岸域に生息します。
彼らは、海洋だけでなく淡水域にも生息することができる広塩性です。
ただ、海水だけでは生存できないようで、彼らは生理的に淡水を飲む必要があります。
形態
体長は2.7~3.5m、体重は250~500㎏で、体格の上で性差は顕著ではありません。
尾びれはしゃもじ型をしており、クジラのような尾びれのジュゴンと見分けることができます。
胸鰭はジュゴンよりも長く、採餌や浮上にも使うようです。
また、アメリカマナティーとアフリカマナティーの胸鰭には爪が3~4本あります。
海牛類では後肢は退化しており、骨盤は痕跡的です。
マナティーはナマケモノ以外の哺乳類と異なり、頸椎が6個しかありません。
乳腺は腋窩にあり、睾丸は腹部に内蔵されています。
約2,000本あるひげは感覚毛でもあり、また、採餌の際には食物を口の中に運び入れる働きもします。

食性
ニシインドマナティーは、アマモ科などの海草や沈水植物(すべて水中)、抽水植物(一部が水上に出る)を主食とします。
基本的に根っこまですべて食べますが、難しい場合は地上部だけを食べます。
水上の土を胸鰭で掘って根などを食べる場合もあります。
このほか、ホヤ類などの無脊椎動物や魚類などの脊椎動物、海藻も食べるようです。
また、自らの糞も食べます。
海牛類は後腸発酵動物です。
摂取された食物は、150時間もの長い時間をかけて約20mもの細長い結腸を含め、体内を通って消化・吸収されます。
胃は主に水分の吸収、食物の破砕を担当しており、塩酸や消化酵素を分泌する噴門腺は胃から遊離しています。
これはビーバーやコアラ、ウォンバット、センザンコウなどにもみられる特徴です



行動
マナティーは多くの時間を5m以内の浅所で過ごします。
暖かい海を好むマナティーは夜にも活動します。
フロリダマナティーは水温が20度以下になると、暖かい場所に移動します。
移動距離はジュゴンよりも長く、オスのほうがメスより広範囲を移動します。
個体によっては最終的に数千㎞移動したものもいるようです。
この回遊ルートは個体独自で、子に引き継がれます。
フロリダマナティーは、通常時速2~7㎞で泳ぎ、最速18~25㎞/hで泳ぐことができます。
1~8分ごとに浮上して呼吸します。
最大潜水時間の記録は24分です。
社会
ニシインドマナティーは、特に冬場、温水源に数百頭にもなる集団を形成しますが、個体ごとのつながりは弱く、集団は流動的です。
通常時は単独で見られ生個体も少なくなく、また、成獣個体に比べ、亜成獣個体のほうが集団を作る傾向にあるようです。
ニシインドマナティーにはなわばり性はありません。
聴覚が鋭敏で、1~1.5kHzの音への感度が最も高いです。
チャープ音やクリック音などの音声、またはじゃれあいなどの触覚によってコミュニケーションを行います。
繁殖
フロリダマナティーは春~夏にかけて交尾、出産のピークがあります。
繁殖期には複数のオスが発情メスの周りを取り囲み、交尾群を作ります。
この群れは4週間まで続き、オスもメスも複数の異性と交尾するようです。
メスの妊娠期間は12~14ヵ月、出産間隔は約2.5年で、通常一産一仔です。
赤ちゃんは0.8~1.6m、30~50㎏で、母親によって育てられますが、マナティーでは自分以外の子どもを育てることもあるようです。
生後3ヵ月頃には親の糞を、6ヵ月で植物を食べ始めます。
授乳は2歳ごろまで続きます。
多くの子は母親と一冬過ごした後、親元を離れます。
この時、親から回遊ルートや採餌場所を継承します。
性成熟には2.5~6歳で達します。
寿命は50~60年といわれています。

人間とニシインドマナティー
絶滅リスク・保全
ニシインドマナティーの成熟個体の数は10,000頭以下といわれており、現在も減少中であると推測されています。
最大の脅威は船舶です。
衝突やスクリューに巻き込まれることでマナティーは死んでしまします。
1979~2004年の記録では、船舶によって死んだマナティーは1,253頭いたとされ、これは全死亡例の5,033頭の25%にもあたります。
また、船舶は事故を起こすだけでなく、その存在がマナティーを生息域から追いやっている可能性もあります。
また、特にアンティルマナティーでは狩猟が脅威として知られています。
マナティーはその肉だけでなく、骨や皮などあらゆる部分が消費されます。
マナティーの漁は有史以前から知られており、ホンジュラスやフロリダ半島の遺跡からその証拠が出てきています。
このほか、温水源の減少も大きな脅威です。
特にフロリダマナティーは冬になると、人口であれ天然であれ、暖かい水域に移動します。
マナティーは寒い海では生きられず、死んでしまいます。
実際、寒波が起きるとマナティーの大量死が発生します。
現在、そのライフラインである温水源の減少が懸念されています。
例えば、重要な温水源である発電所は、冷却器の効率化によってより冷たい水を排出するようになってきています。
また、一部の発電所は老朽化により今後撤去される可能性があります。
これに加え、天然の温水源も減少しつつあります。人口増加によって地下水需要が高まり、湧水量が減ることが懸念されているのです。
フロリダ州の人口増加は著しく、1990年から2000年の間に23%増加し、1,600万人にもなっています。
また、2010年には1,880万人、2020年には2,150万人と、今では全米第3位の州です。
この人口増加に伴う水への需要と開発により、マナティーの生存に必須である温水源が減少する可能性が指摘されています。
これらの脅威に加え、赤潮や気候変動(寒波)などもマナティーにとって脅威となっています。
現在、ニシインドマナティーは、IUCNのレッドリストで絶滅危惧Ⅱ類に指定されています。
また、ワシントン条約(CITES)の附属書Ⅰに記載されており、国際取引は禁止されています。


動物園
ニシインドマナティーは、日本では唯一、沖縄県の美ら海水族館で見ることができます。
メスの「ユマ」は2001年にここで生まれたとのことです。
日本で海牛類を見ることができるのは、美ら海水族館のほか、ジュゴンとアフリカマナティーを飼育する三重県の鳥羽水族館だけです。