ジュゴンの基本情報
英名:Dugong
学名:Dugong dugon
分類: 海牛目 ジュゴン科 ジュゴン属
生息地:インド洋、南太平洋、アフリカ、マダガスカル、アジア、南アジア、東南アジア、オセアニア、オーストラリア、バーレーン、ブルネイ、カンボジア、中国、ジブチ、エジプト、エリトリア、インド、インドネシア、日本、ヨルダン、ケニア、マダガスカル、マレーシア、モーリシャス、モザンビーク、ニューカレドニア、パラオ、パプアニューギニア、フィリピン、カタール、サウジアラビア、シンガポール、ソマリア、スリランカ、スーダン、タンザニア、タイ、東ティモール、アラブ首長国連邦、バヌアツ、ベトナム、イエメン
保全状況: VU〈絶滅危惧Ⅱ類〉
参考文献
海の牛?
現生している哺乳類のうち、ジュゴン1種とマナティー3種は海牛目と呼ばれるグループに分類されます。
淡水生のアマゾンマナティーを除くと、その名の通り彼らは海にすむ牛のような生き物です。
しかし近年の分子生物学の発展により、遺伝子的にはゾウに最も近縁であることがわかっています。
有胎盤類は分子遺伝学的手法により、アフリカ獣類、異節類、真主齧類、ローラシア獣類の4つに分けられますが、海牛類や長鼻類はこのうちアフリカ獣類に属します。
アフリカ獣類にはほかに、ハイラックスが属するイワダヌキ目、ツチブタが属する管歯目やアフリカトガリネズミ目、ハネジネズミ目が位置付けられています。
牛とは分類的に全く異なる海牛類ですが、彼らは牛と同じく草食獣です。
海に生息する哺乳類の中で、海牛類は唯一、植物食の動物になります。
彼らは沿岸に繁茂する顕花植物を好んで食べます。牛と異なり、海牛類はそれができる場合、根っこまで掘り起こしてすべて食べます。
海牛類の吻は、海底の植物を食べるために下に傾いており、特にジュゴンでその傾きが最大になります(70度)。
消化についても牛とは異なります。
植物が持つセルロースやヘミセルロースは、哺乳類には消化できません。
そこで、牛は消化管の前半部分、特に胃を特殊化させ、そこに微生物を共生させることで彼らにその消化を行ってもらっています。
また、反芻することで植物を極限まですりつぶし、消化しやすく加工しています。
一方、ジュゴンやマナティーは、消化管の後半部分に当たる盲腸や結腸で微生物による発酵を行います。
牛のようなスタイルは前胃発酵、海牛類のようなスタイルは後腸発酵といいます。
後腸発酵をする動物の中でも、海牛類は非常に長い結腸を持ち、ジュゴンでは25mにもなります。
しかもそれは非常に細く、そのため、摂取した食物は長期間体内に滞留することとなります。
同じ後腸発酵動物であるウマやゾウでは、食物の平均滞留時間が20~30時間なのに対し、海牛類では150時間近くにもなります。
このように、食物は長い時間をかけて消化されるため、海牛類は効率的に植物から栄養を摂取することができるのです。
とはいえ、消化管の終わりの部分で多くの栄養を取るため、食べたものは消化が不完全なまま体外に排出されることになります。
そこで、後腸発酵動物は自分の糞を食べる場合があります。
海牛類ではマナティーに食糞の記録があります。
この糞を食べるという行為には、消化効率を高めるという効果だけでなく、子が親の糞を食べる場合は、腸内細菌叢の受け渡しの意味もあります。
後腸発酵型哺乳類には、海牛類やゾウのほかに、コアラやゴリラなどが知られています。
牛に似ているけど似ていない。
哺乳類の中で、海牛類はその名に捕らわれないユニークな位置をゆったり泳いでいます。
ジュゴンの生態
分類
海牛目を意味するSireniaは、船乗りを歌声で惑わし、難破、遭難させるギリシャ神話の怪物、セイレーンに由来します。
海牛類の最古の化石は5,000万年前のものです。
現生するマナティー科とジュゴン科は2,500万~4,000万年前に分岐したといわれています。
生息地
ジュゴンは東アフリカからオセアニアにかけて、温暖な海洋の沿岸域に生息します。
マナティーは生理的に淡水が必要なようですが、ジュゴンは海生で、海での生活に適応しています。
形態
ジュゴンの体長は2.4~4m、平均2.7m、体重は230~570㎏、通常250~300㎏で体格上、大きな性差は見られません。
尾びれは中央でくびれており、ここでマナティーと見分けることができます。
胸鰭はマナティーと比べると短く、爪もありません。
ひげは感覚毛であり、採餌の際にはエサを口の中に運ぶのに貢献しています。
成熟オスでは牙が萌出します。
口腔前部では角質板が発達しており咀嚼を助けます。
後方2本ずつの臼歯は一生伸び続けます。
食性
ジュゴンは主に海草(海生の維管束植物で顕花植物)、特に繊維質の少ないものを好んで食べます。
海草が得られない場合は、海藻やホヤ類、ゴカイ類などの無脊椎動物を食べる場合もあります。
海牛類は日に体重の約7%の食物を食べているといわれています。
ジュゴンは海面や海中で採餌するマナティーと比べると、海底での採餌に特化しています。
特に吻部は海牛類の中で最も下に傾いており、海底での採餌に適応しています。
捕食者はあまりいませんが、シャチやイリエワニ、イタチザメなどが知られています。
特にサメ類の存在はジュゴンの活動に影響するようで、サメが多いとジュゴンはより安全な場所でエサを食べるようです。
行動
ジュゴンは暖かい海洋を好みます。
海水温が17~18度以下になると敏感に反応し、生息地を移動します。
遊泳速度は通常時は時速10㎞までですが、短距離であれば時速20㎞までのスピードで泳ぐことができます。
呼吸間隔は平均2.5分で、最長は12分です。
ジュゴンは水深が浅い沿岸域で暮らします。
通常は水深10m以内の場所で生活しますが、水深36.5mまでの潜水が確認されており、水深33mでの採餌も記録されています。
においを司る嗅葉の小ささや鋤鼻器官の欠如から、解剖学上、ジュゴンの嗅覚は弱いとされています。
一方、聴覚は非常に敏感で、鯨類に比べると劣りますが、定位能力にも優れています。
社会
ジュゴンは海草が生える沿岸域に沿った行動圏を持ちます。
行動圏は重複し、なわばり性はありません。ジュゴンは単独でも群れでも生活します。
群れは温水源や餌場では多いと300頭近くになりますが、非常に流動的で個体同士のつながりは弱いといわれています。
また、母子は独り者に比べて群れに合流することが少ない傾向にあるようです。
繁殖
ジュゴンはオスもメスも一頭以上の異性と交尾します。
繁殖期には一頭のメスに複数のオスが集まり交尾群ができたり、レック(餌資源に関係なく作られた交尾のためのなわばり)が形成されたりします。
メスの妊娠期間は14~15ヵ月、出産間隔は2.5~7年と長く、通常は一産一仔です。
赤ちゃんの体長は1~1.3m、体重は25~35㎏です。
遅くとも生後3ヵ月までには植物を食べ始めますが、生後18ヵ月頃までは母乳も飲みます。
育児は母親にのみ行われ、遊泳時、子供は母親の背中側を泳ぐことが多いです。
性成熟はオスもメスも7歳ごろ。
寿命は73歳まで生きた個体が知られていますが、通常は60年ほどといわれています。
人間とジュゴン
絶滅リスク・保全
狩猟はジュゴンにとって大きな脅威です。
ジュゴン漁はアラブ首長国連邦の遺跡から6,000年前にはその歴史があることが知られています。
また、オーストラリアとニューギニア島の間のトレス海峡の島では1600年~1900年ごろにかけて、推定1万頭以上のジュゴンが捕獲された証拠となる遺物が遺跡から出土しています。
ジュゴンの体からは大量の肉が得られ、生殖器(媚薬、お守り)から、牙(装飾品など)、骨(工芸品など)、歯(骨に同じ)、尾びれ(燃料)、さらには涙(媚薬、香水)まであらゆる部位を消費することができますし、市場価値も高いです。
そのため、狩猟が禁止されているにもかかわらず、密猟が絶えません。
また、オーストラリアでは先住民族に狩猟の権利が与えられており、一部では狩猟圧となっているようです。
漁具による混獲も問題となっています。
例えば、1962~1992年の間、オーストラリアのクイーンズランド州が設けた、海水浴客をサメから守る「サメ除け網」に約8,400頭のジュゴンが罹網しています。ジュゴンはこうした意図されない被害にもあっているのです。
このほか、生息地の破壊も大きな脅威です。
これはジュゴンの生息域の9割近い場所で起きているといわれています。
海草の生息地は世界中で減少しており、世界で最も危機にある生態系の一つとされています。
こうした状況に対し、生物多様性条約や、ワシントン条約(CITES)、国境をまたいで移動する動物の保全を目的としたボン条約、海牛類の生息地を含め湿地の保護が意図されたラムサール条約といった国際的な保全の枠組みが用意されており、海牛類は各国でも法的に保護されています。
しかし、その実施については非常に甘く、保護区の設定も書面上だけとなり「紙上の保護区」が多く存在しています。
現在、ジュゴンの個体数は目下減少中で、IUCNのレッドリストでは絶滅危惧Ⅱ類に指定されています。
また、CITES附属書Ⅰに記載されており、国際取引が原則禁止されています。
最も多く生息するのはオーストラリア北部で、2005年の調査では約7万頭の生息が推定されました。
ちなみに、日本では沖縄島付近での生息が推測されていますが、2019年3月を最後に生存が確認されていた個体はすべて死亡もしくは行方不明となっています。
動物園
2023年現在、世界でジュゴンを飼育する施設は2つしかありません。
一つはオーストラリアのシドニー水族館、そしてもう一つが三重県の鳥羽水族館です。
鳥羽水族館は飼育種数日本一。
ジュゴンだけでなく、同じく海牛類のアフリカマナティーや、最小の海生哺乳類であるラッコも飼育されています。
海牛類が2種も見られる世界的にも極めて珍しい鳥羽水族館、行くしかありません。