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ジャイアントパンダ

ジャイアントパンダ
©2017 Laura Wolf: clipped from the original
目次

ジャイアントパンダの基本情報

英名:Giant Panda
学名:Ailuropoda melanoleuca
分類:クマ科 パンダ属
生息地:中国
保全状況:VU〈絶滅危惧Ⅱ類〉

ジャイアントパンダPhoto credit: Michael Gwyther-Jones
Photo credit: Michael Gwyther-Jones

パンダとは

私たちがパンダ(ネパール語で「竹を食べる者」の意)と呼んでいる動物の正式名称は、ジャイアントパンダです。

ジャイアントパンダはクマ科の動物で、その祖先はクマとの共通祖先から約2000万年前に分岐したと言われています。

現在、私たちはこのクマをパンダと呼んで可愛がっていますが、このジャイアントパンダが西洋世界に現れるまで、実はパンダと呼ばれていた動物がいます

ジャイアントパンダと同じく竹を食べ、ジャイアントパンダよりもレッサーな(小さい方の)パンダ。

そう、レッサーパンダです。

レッサーパンダは1825年に新種として記載され、その時新たに設けられたパンダ科に分類されました。

ジャイアントパンダが現れるまで、このレッサーパンダがパンダだったのです。

ところで、ジャイアントパンダが西洋世界に再発見された時、この動物を当時のパンダ、つまりレッサーパンダのなかまとするのか、それともクマのなかまとするのか、論争が起こりました。

しかし分子研究が発展した現在においてこの件に関して議論の余地はなく、2010年にジャイアントパンダのゲノムがすべて解読された時にはすでに、ジャイアントパンダがクマのなかまであることは明確になっていました。

ちなみにジャイアントパンダによってパンダのお株を奪われたレッサーパンダが属するパンダ科は、現在和名ではレッサーパンダ科とされています。

ジャイアントパンダPhoto credit: Andrew and Annemarie
Photo credit: Andrew and Annemarie

受難

1869年に、宣教師のアルマン・ダヴィドがパリに「白黒のクマ」の毛皮を持ち込んで以来、ジャイアントパンダは人々を魅了してきました。

最初にパンダが大衆の目にさらされたのは、1937年、シカゴのブルックフィールド動物園で、スーリンと名付けられた子供が展示された時でした。

スーリンの人気はすさまじく、初日の来場者は5万人を超えたといいます。

1960年代には、ロンドン動物園のチチがテレビ番組『ズー・タイム』で、圧倒的な人気を獲得しました。

パンダの人気は今でも衰えることはなく、日本でも赤ちゃんが産まれただけでニュースになり、数多の人々が動物園に押し掛けるほどです。

パンダはその人気から、政治にも利用されてきました。

中国は、パンダを外交資源として、アメリカをはじめ、イギリス、ソ連、フランス、西ドイツ、メキシコ、スペインなどにプレゼントしました。

日本もプレゼントを受け取った国の一つで、1972年、日中国交正常化時には、記念事業として、中国から日本に2頭のパンダが送られています。

このように見ると、ジャイアントパンダは人間の恩寵を受けた幸運な動物のように思えてしまいますが、その実態は全くの逆でした。

1949年の中華人民共和国の建国に伴い、パンダが共産党の管理下に置かれるまで、西洋人は半ば自由に中国の竹林に潜り込み、標本にするため、動物園に連れていくために、パンダを殺したり捕獲したりしていました。

実は、スーリンもその餌食となったパンダです。

スーリンは、探検家のウィリアム・ハークネスにより、巣に取り残されていたところを見つけられ、アメリカに連れてこられました。

しかし、後の研究によれば、スーリンは巣に取り残されていたのではなく、採食に行った母親を待っていただけだと推測されています。

不幸はこれだけではありません。

捕獲され飼育されるようになった個体は、中々繁殖することがありませんでした。

今から考えれば、その飼育方法に問題があったことは明らかですが、当時は、パンダは性欲がない動物、進化の袋小路に入った動物などと揶揄されました。

また、違う国の動物園同士は、世界情勢を気にせずパンダを繁殖させようと接触し、それが失敗に終わればその批判にパンダを用いた風刺が利用されました。

パンダにとって最も不幸だったのは、その生息地が次々と無くなっていったことでした。

1950年代末から始まる、毛沢東による大躍進政策が一つ大きな原因です。

農業生産を拡大するため、多くの森林が切り開かれ、農地に転換されていきました。

また、ダムや道路も作られ、多くの森林が犠牲になりました。

当然、パンダの生息地もその被害を免れません。

そのころすでに、中国の象徴となっていたパンダは、輝かしい人気の裏で、受難の時代を耐えていたのです。

ジャイアントパンダPhoto credit: Mulligan Stu
Photo credit: Mulligan Stu

手厚い保護

しかし時代が進むと、苦しい時代を耐え抜いてきたパンダは、ようやく中国の象徴、国の宝として、それに見合う保護を得られるようになります。

大躍進後の1960年代から、パンダの保護を目的とした保護区が設置されるようになります。

現在、自然保護区は67を数え、全パンダの7割近く、全生息地の5割以上を含んでいます。

このような保護区の設置は、パンダだけでなく、キンシコウレッサーパンダターキンなど、他の種にも結果的に恩恵を与えています(パンダのように保護すると他の種の保護にもつながるような種をアンブレラ種と言う)。

保護区は現在、その価値が広く認められており、2006年には「四川省のジャイアントパンダ保護区群」が世界自然遺産に登録されています。

さらに、現在では管理体制を一元化した国立公園への取り組みも進行中のようです。

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また、パンダを研究する施設も次第に整備されるようになります

1983年には臥龍に中国ジャイアントパンダ保護研究センター(CCRCGP)が、翌年には四川に成都ジャイアントパンダ繁殖育成研究基地が相次いで設立されます。

このような研究施設は、パンダの野生復帰事業も担っています。

CCRCGPは、2010~2016年の間に10頭の野生復帰を実現させ、その内9頭が未だに生きています。

ちなみに、研究員たちがパンダに扮した姿を見ることがありますが、あれはできるだけパンダに近い格好をすることで、パンダを人間に慣れさせないようにするための工夫です。

パンダの服には、パンダの尿や糞がつけられており、できるだけ人間であることを悟られないようにしています。

法もパンダに味方します。

中国政府は1980年代末に、野生動物保護法を制定します。

これはパンダを含めた野生動物の狩猟、毛皮の密売などを禁止するもので、違反すると場合によっては終身刑、死刑になることもある強力な措置です。

パンダの生息地でもある森林の再生も進みます。

20世紀末、森林の伐採が大規模な干ばつや洪水などの自然災害を引き起こしたとして、大規模な森林再生プログラムが実施されました。

1998年には天然林保護プログラム(NFPP)が、1999年には退耕還林プログラム(SCCP)が開始されます。

これらのプログラムには数兆円が投入されており、その結果、ここ20年で中国の森林は拡大しており、その規模は他国を圧倒しています。

中国だけでなく、世界的な組織もパンダの保護に努めています。

1961年に設立されたWWF(世界自然保護基金:World Wide Fund for Nature)のロゴはパンダです。

WWFは1979年からパンダを活動対象とし、パンダの生息数調査や保護活動などに取り組んでいます。

これら手厚い保護の結果、現在パンダの個体数は増えていると推測されており、2016年にはそれまでの絶滅危惧ⅠB類から絶滅危惧Ⅱ類にランクが下げられました

このように、かつては受難の時代を生きていたパンダも、今では少し明るい道を歩んでいます。

人間により絶滅の危機に陥っている世界中の生き物たちも、パンダのように手厚い保護を受けられればいいのですが、パンダの場合は人気者だからこそなのでしょうか。

ジャイアントパンダPhoto credit: J. Young Photos
Photo credit: J. Young Photos

ジャイアントパンダの生態

生息地

ジャイアントパンダは、中国の四川省を含む、3省の一部に位置する、標高1,200m以上の落葉広葉樹林混交林針葉樹林に生息します。

個体群は全部で33あり、その内18個体群が10個体未満で構成されています。

これらの個体群は、地域によって6つの大きな個体群に分けることができ、秦嶺(しんれい)個体群が最も遺伝的多様性が高いと言われています。

食性

主食は竹(主にタケノコ、葉、稈(かん))で、食料の99%を占めます

しかし、竹は質が低く、また、パンダの消化器は草食動物ほど発達していないため、パンダは竹の栄養の約2割しか吸収することができません

そのため、パンダは1日12時間以上を採食に費やし、多くて12.5㎏もの竹を食べます。

ここまで大食いだと糞の量も半端ではなく、パンダは1日に100回以上、総量8キロ以上の糞を時に歩きながらします。

ちなみに、栄養の吸収には腸内細菌が関係していると言われており、彼らのおかげでパンダは竹が持つヘミセルロースを消化することができます。

パンダは大きいため、他の動物からは狙われにくいですが、子供はヒョウドールウンピョウユキヒョウなどの肉食動物に捕食されることがあります。

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形態

体長は1.5~1.8m、肩高は65~70㎝、体重は80~125㎏、尾長は13㎝。

S字型の陰茎骨を持ち、臼歯は大きく、顎の筋力が発達しています。

また、竹を握るために橈側種子骨(とうそくしゅしこつ)という骨が、他のクマでは5mmに満たないのに対し、パンダでは4㎝と異常に発達しており、6本目の指として機能しています。

また、小指の下の方に副手根骨(ふくしゅこんこつ)という骨の盛り上がりがあり、これも7本目の指として竹を握るのに役立っています。

行動

ジャイアントパンダは、昼行性で、単独性です。

行動圏は重複しますが、互いに避けているため、遭遇することはあまりありません。

また、オスよりもメスの方がより移動することが分かっています。

パンダはタケノコが生える春に最も活発になり、夏に最も不活発になります。

また、他のクマ科動物のように冬眠はしません

コミュニケーションには主ににおいが用いられます。

彼らは、体を木にこすったり、尿を木にかけたりすることで、においづけします。

パンダは、しゃがんで、または片足をあげて、さらにこれはオスだけに見られますが、逆立ちをして尿を木にかけます。

においは繁殖において非常に重要で、オスは繁殖期になるとメスの尿をしきりに嗅ぎ、フレーメン反応を見せることもあります。

最近では、この嗅覚によるコミュニケーションだけでなく、聴覚によるものもパンダにとって重要であることが分かってきています

パンダは10種類以上の音声を持ち、特に繁殖期によく聞かれる恋鳴きという音声は、においと同様、繁殖において重要な役割を果たしていると考えられています。

《参考:フレーメン反応について》

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繁殖

ジャイアントパンダの繁殖には季節性が見られます。

持続時間約30秒の交尾は2月~5月にかけて見られ、発情したメスには落ち着きがなくなる、食欲を失くす、においづけを頻繁に行うなどの特徴が現れます。

発情は年に一度、その期間は数日と非常に短いです。

その数日で交尾が行われ、受精すると、メスは95~160日の妊娠期間の後、85~140gの毛の生えていない小さな赤ちゃんを産みます。

妊娠期間の割に赤ちゃんが未熟なのは、パンダには他のクマ科動物と同じく、着床遅延が見られるからです。

受精卵は受精後1.5~4カ月でようやく着床するため、実質の妊娠期間は見かけより短くなります。

赤ちゃんは双子で産まれてくることが多いですが、野生ではどちらか一方しか育てられず、もう一方は死んでしまいます。

飼育下ではこれを避けるため、赤ちゃんを取り換えて交互に授乳させる、ツインスワッピングと言う手法が取られています。

赤ちゃんは岩陰や木の洞などの巣穴で母親により育てられます。

約1歳まで母乳に依存し、危険を避けるため多くの時間を木の上で過ごします。

生後13~18カ月には竹を食べ始めるようになり、5.5~8年で性成熟に達します。

出産間隔は約2年と長く、寿命は野生下で10~20年、飼育下では長くて35年以上にもなります。

人間とジャイアントパンダ

絶滅リスク・保全

ジャイアントパンダは、最も手厚い保護を受けている動物ですが、大人の個体数は1,000頭前後と推測されており、安心できる状態ではありません。

格下げされたとはいえ、彼らは依然として絶滅危惧種(絶滅危惧Ⅱ類)です。

彼らにとっての脅威の内、特に人間活動による森林の分断はパンダたちに大きな影響をもたらします。

ポイントは、彼らが食べる竹です。

竹は一回結実性の植物です。

竹は15~100歳で一斉に花を咲かせますが、花が咲くと竹は枯れてしまいます。

竹が枯れるとパンダは竹を求めて他の場所に移動するのですが、森林が分断されていると移動が困難になります。

そのため、移動ができないパンダは餓死してしまうのです。

また、森林の分断は個体群の孤立化を助長し、遺伝的多様性の低減にもつながります

そこで現在、分断された森林同士をつなぐ回廊の建設が保護活動の一部として実施されています。

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動物園

そんなジャイアントパンダですが、日本では現在、東京都の上野動物園、和歌山県の南紀白浜アドベンチャーワールド、兵庫県の神戸市立王子動物園にて見ることができます。

上野動物園は、1972年に日本で初めてパンダを展示した動物園です。

それから2年後の1974年度、上野動物園は764万人という年間利用者数を記録します。

その後、2008年からつづくパンダ不在期間では、年間利用者数が300万人を割るほど低迷しますが、2011年にリーリーシンシンが来日すると、年間利用者数は400万人を超え、息を吹き返します。

2017年には2頭の間にシャンシャンが生まれたことが大きな話題になりました。

アドベンチャーワールドは、世界で初めてブリーディングローンという繁殖を目的とした飼育動物の貸し借りで、パンダを導入した動物園として知られています。

パンダの繁殖で中国の研究機関とも協力しており、様々な実績を残しています。

現在、アドベンチャーワールドでは6頭のパンダが飼育されており、永明(えいめい)という1992年生まれのオスは、「飼育下で自然交配し、繁殖した世界最高齢のジャイアントパンダ」として有名です。

王子動物園には、2020年現在、旦旦(たんたん)という、2000年にやってきた1995年生まれのメスがいます。

しかし、契約切れにより、残念ながら旦旦は中国に返還されることになりました

現在、ジャイアントパンダは国際取引が禁止されています。

そのため、研究目的の一時的な貸与と言う形でしか、海外の施設はジャイアントパンダを飼育できません。

ジャイアントパンダ貸与の契約は1億円ほどの契約金で、10年単位で結ばれることが一般的です。

王子動物園は5年単位の延長を2回実現させましたが、今回はその契約の更新が行われなかったようです。

世界中で最も人気があると言っていい動物、ジャイアントパンダ。

今後、動物園や映像で見る機会があったら、そのかわいい姿に癒されるだけでなく、彼らが人間とどのように関わってきたか、どのような生活を送っているのかといった別の側面にも思いを馳せてみてください。

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