ネズミイルカの基本情報
英名:Harbor Porpoise
学名:Phocoena phocoena
分類: 鯨偶蹄目 ネズミイルカ科 ネズミイルカ属
生息地: 北極海、北大西洋、北太平洋
保全状況: LC〈軽度懸念〉
参考文献
シャチ対策は音響設備で
北半球でも最も個体数が多い鯨類の一種であるネズミイルカ。
彼らは海の王者であるシャチによく襲われます。
そのため、彼らはシャチに襲われないよう、目に見えない対策をとっています。
鯨類のうち、ハクジラはエコロケーションを行い、獲物や他の生き物の存在を知ります。
このエコロケーションに使われる鳴音はクリックスと呼ばれ、30~100kHzの範囲であることが多いです。
ヒトが聞こえるのは20kHzなので私たちには聞こえない音です。
シャチの場合、40~60kHzをピークとしてクリックスを出すことが多いですが、ネズミクジラの場合は100kHzのものばかりです。
この100kHz以上のクリックスはNBHFクリックス(narrow-band high-frequency clicks)と呼ばれています。
ところで、エコロケーションは対象物に跳ね返ったクリックスを聞くことで達成されますが、鯨類はどこで音を聞いているのでしょう。
ハクジラには耳介、いわゆる耳がなく、外耳道も閉塞しています。
実は彼らは私たちでいう耳ではなく、下顎で音を聞いています。
彼らにも中耳や内耳はあるので、正確に言うと音をキャッチしているのが下顎ということになりますが、音はこの下顎で受信され、音響脂肪と呼ばれる脂肪を通って中耳、内耳に伝われると考えられています。
このような仕組みで聞こえる範囲は、シャチでは110kHzが最大、高感度域は30~80kHzです。
一方、ネズミイルカの高感度域は50~150kHz。
以上から考えると、ネズミイルカはシャチの聞こえない、もしくは聞こえづらい音でエコロケーションを行っている一方、シャチの声はしっかり聞こえるというシャチ対策万全の音響設備を整えています。
もちろん、周波数は高いほど解像度は高くなるので、より小さい獲物を食べるネズミイルカのクリックスが高周波になり、より大きい獲物を食べるシャチがそれよりも低い周波数になっているのかもしませんが、結果的にはシャチ対策となっています。
それでも見つかって食べられてしまうとはシャチ、恐るべしですが、この音響設備がなければそれはもう大惨事でしょう。
ネズミイルカの生態
分類
現在のところ3亜種が知られています。
太平洋にすむ亜種(Phocoena phocoena vomerina)、大西洋に住む亜種(P. p. phocoena)と黒海に住む亜種(P. p. relicta)ですが、イベリア半島および北西アフリカ近海の個体群は遺伝的に他と異なることがわかっており、新たな亜種(P. p. meridionalis)が提案されています。
生息地
ネズミイルカは比較的寒冷な北半球の温帯~亜北極圏の海の、沿岸域に生息します。
水深200m以内で見られることが多いですが、沖合で見られる場合もあります。
形態
体長はオスが1.3~1.8m、メスが1.4~2m、体重はオスが35~75㎏、メスが45~100㎏で、メスの方が大きくなります。
マイルカのような嘴はなく、口にはスペード上の歯が生えています。
背びれには変異があり、鎌形、三角形、その中間の型が存在します。
食性
主にニシンやイカナゴ、ハゼなど群集性の小型魚類を食べます。
イカなどの頭足類も食べます。
採餌は海底近くで行うことが多いようです。
行動・社会
通常1~2頭で過ごしますが、採餌の時などは50頭以上の集団となることもあります。
英名(Harbor=港)から連想されるように彼らは沿岸性のイルカですが、200m以上潜ることもあるようです。
水面ではおとなしく、ブリーチングやジャンプはほとんどしません。
船に近寄ることも稀です。
繁殖
ネズミと名前につくだけあって繁殖スピードは鯨類の中でも早いです。
出産間隔は1年ほどで、授乳しながらも妊娠することもあります。
交尾、出産は夏の中旬に行われ、メスは10~11カ月の妊娠期間ののち、65~80㎝、5~10キロの赤ちゃんを一頭生みます。
2歳から性成熟に達する個体が出始め、寿命は約12年と言われています。
長いものは20年以上生きるようです。
人間とネズミイルカ
絶滅リスク・保全
個体数は100万頭以上と推定されており、IUCNのレッドリストでは軽度懸念の評価ですが、個体群レベルで見ると、バルト海のものが500~5,000頭で絶滅危惧ⅠA類、黒海のものが1万~1万2千頭で絶滅危惧ⅠB類に指定されています。
黒海では、1976~1983年の間に20万頭近くが捕獲されていたようです。
捕鯨は現在もグリーンランドで肉や皮目的で行われています。
混獲も少なくなく、世界的に毎年数千頭が漁具に絡まり死んでいます。
このほか、海洋汚染や船舶などの騒音、餌資源の枯渇などが潜在的な脅威として存在します。
動物園
ネズミイルカは、日本では北海道のおたる水族館で見ることができます。
ネズミイルカははやくも15世紀にはフランス・ブルゴーニュの宮殿の池で飼われていた記録があります。
ただ、きちんとした飼育を目的としたものでは、1850年代のコペンハーゲン動物園が初で、この例は世界のイルカ飼育の始まりと言われています。