子殺しとは
子殺しは、1964年、インドのダルワールと言う所に生息するハヌマンラングールの群れで、京都大学の杉山幸丸により初めて観察されました。
ハヌマンラングールは、基本的に数十頭から成る単雄複雌の群れを作ります。
そしてこの群れは、オスだけが生まれた群れを離れ、メスは生涯群れに留まる母系集団です。
オスは成長すると群れを離れ、自分の群れを持つために放浪します。
このようなオスはオス同士の集団を作り、自分の群れを手に入れる機会をうかがいます。
そうしてオス集団は数年に一度、ある群れを襲い、その群れのリーダーであるオス(αオス)を追い出してしまいます。
その後は、オス集団の間で勢力争いがあり、1匹のオスが新たなリーダーとなります。
子殺しが起きるのはこの時です。
新たなリーダーは新たに手にした自分の群れにいる子供を次々と殺していきます。
下の動画では、ハヌマンラングールのまさにその様子を見ることができるので、興味のある方はご覧ください。
ちょっと残酷なシーンがあるので閲覧注意です。
そうして子供を殺された母親は、2週間後に発情を開始します。
子殺しを行った新たなリーダーは、発情したメスたちと交尾し、自分の子供を産ませるのです。
このように子殺しとは、自分の血を引かない子供を殺す行為で、ホエザルやラングール、ヒヒ、ゴリラなど多くのサルに見られます。
サル以外ではライオンの子殺しが有名です。
なぜ子殺しが起きる?―性選択理論
動物界では、なぜこのような残虐な子殺しが行われるのでしょうか。
現在、これに答える有力な説は、性選択理論というものです。
メスは、子どもが小さい間、母乳の生成を促すプロラクチンというホルモンを分泌します。
このホルモンは、発情を促すエストロゲンと言うホルモンの分泌を抑制します。
つまり、母乳をあげる子供がいる間は、メスは発情しないのです。
そのため、オスは子殺しにより授乳の対象を奪うことでメスのプロラクチンの分泌を止め、発情を再開したメスと交尾することで、自らの繁殖の可能性を高めているのではないか、これがこの仮説の骨子です。
この説は、当然ながらなぜ子殺しが起きるかという疑問に答えているだけでなく、なぜあるサルでは子殺しが見られないのかということにもかなり答えてくれます。
例えば、サルには出産後すぐに発情を再開するメガネザルやマーモセット、発情に季節性があるニホンザルなどがいますが、これらの種には子殺しがほとんど見られません。
それは、子殺しを行っても繁殖の可能性が高まらないからです。
出産後すぐに発情するならわざわざ子殺しを行う必要がないし、発情季があるなら、子殺しをしてもメスは発情季になるまで発情しないので子殺しの意味がないのです。
発情期がなくてもメスが一斉に発情するようなサルや、あらゆるオスがあらゆるメスと交尾するサルの社会でも、子殺しがあまり見られません。
このようなサルの社会では、オスは全てのメスを独占できないため、群れ内外の他のオスにも繁殖のチャンスがあります。
そのため、わざわざ子殺しをする必要がありません。
ちなみに、チンパンジーのような乱交的な交尾をする社会で子殺しが起きない理由を説明する仮説としては、子殺しが繁殖可能性をあまり高めないので子殺しは起きにくいという性選択理論の他、あるメスの子供が自分の子供である可能性があるため、子殺しが抑制されているという父性攪乱説(ふせいかくらんかせつ)があります。
最後に、テナガザルなどのようにオスとメスの体格差がないサル社会では子殺しが見られません。
これは説どうこうではなく、単純にメスがオスを撃退できるからです。
以上の事から、子殺しは、授乳による性的休止期間を持ち、オスがメスを独占し、メスよりも大きい種に起こりやすいと言えるでしょう。