ジャコウウシの基本情報
英名:Muskox
学名:Ovibos moschatus
分類:鯨偶蹄目 ウシ科 ジャコウウシ属
生息地:カナダ、グリーンランド、アメリカ合衆国
保全状況:LC〈軽度懸念〉
極寒への適応
ツンドラ地帯に生息する草食動物の中では最大となるジャコウウシ。
北極圏に生息し、1万年前に終わったとされる最終氷期をも生きのびた彼らは、どのようにして極寒に適応しているのでしょう。
まず、大きな体は体積に対する表面積を限りなく小さくするので、放熱を極限まで防ぎます。
また、ジャコウウシの足やしっぽは非常に短く、無駄な放熱を抑えます。
寒い地域に生息する種ほど首やしっぽなどの突出した部分が短くなることをアレンの法則と言いますが、ジャコウウシはこの法則にきれいに則っています。
体の大きさに引けを取らず、彼らの被毛も特徴的です。
口元を除きびっしり生える被毛は2つのタイプからなります。
外側を覆う保護毛は60㎝近くになる部分もあり、風や雨、雪を防ぎます。
地面近くまで垂れ下がった毛は、まるでスカートをはいた様です。
この保護毛の下にはキビウトと呼ばれる綿毛が生えています。
このキビウトはカシミヤよりもなめらかで、羊のウールより8倍も暖かいとされているほどで、素晴らしい断熱効果を持っています。
この下毛は冬が始まる前に生え始め、冬が終わると抜け落ちていきます。
極寒への適応は形態的なものだけに限りません。
彼らの生態は草が育つ短い夏に従っています。
例えば、彼ら1~2ヵ月程度の短い夏の間に飽食し、脂肪やタンパク質を蓄えます。
彼らはクマや齧歯類などのように冬眠をしません。
そのため冬になってももちろん採食はしますが、足りない分は夏の蓄えで補います。
繁殖もこうした環境に応じています。
繁殖は体力がある8月から9月にかけて行われます。
そして、4月から5月にかけて出産が見られます。
この時期はこれからエサが増えていくだけでなく、寒さが落ち着いてくる時期でもあります。
生まれてくる赤ちゃんにとってはまたとない季節です。
このように極寒の環境に適応しているジャコウウシですが、だからこそ気候変動には脆弱です。
北極圏では他の地域の数倍の速さで温暖化が進んでいます。
温暖化はエサとなる植物の質や量に影響するだけではなく、雨や雪を増やすことで積雪を厚くします。
積雪はエサを探す邪魔になるのでジャコウウシにとっては脅威です。
また、温かすぎる夏は彼らにとって快適な気候でなくなるだけでなく、病気の蔓延にもつながります。
実際、最近では丹毒と呼ばれる溶連菌による病気のアウトブレイクが観察されています。
最終氷期をも生きのびたジャコウウシは果たして、この気候変動を乗り越えることができるのでしょうか。
ジャコウウシの生態
生息地
ジャコウウシは北極圏のツンドラに生息しています。
ロシアでは2000年以上前に、アラスカでは1890年代に姿を消しましたが、1900年代の再導入の結果定着しています。
全個体数の3分の2ほどがカナダに生息しています。
形態
体長はオスが2~2.5m、メスが1.3~2m、肩高は1.2m前後、体重はオスが300~400㎏、平均320㎏、メスが180~275㎏、平均250㎏、尾長は5~10㎝でオスの方が大きくなります。
角は雌雄ともに生え、年齢とともに大きくなりますが、オスの角の基部は特に分厚くなります。
メスをめぐって頭をぶつけて闘争するオスの頭は角と頭蓋骨を合わせると20㎝近い厚さになります。
食性
主にグレイザーで、カヤツリグサ科やイネ科の草を食べますが、葉や花、根、コケなども食べます。
特に冬には、柳やヒメカンバの茎、コケ、地衣類が占める割合が大きくなります。
捕食者はオオカミやヒグマが知られています。
ホッキョクグマも稀にジャコウウシを捕食します。
特に子供が狙われやすいため、ジャコウウシの大人は群れの塊の中心部に子供を置いて守ります。
行動・社会
ジャコウウシは繁殖期には5頭程度の単雄複雌のハーレムを作り、一頭のオスが群れのメスを独占します。
激しく頭をぶつける戦いに敗れたオスは単独やオスだけの群れを作ることもあります。
繁殖期が終わると小群が集まり、時に50頭以上にもなる複雄複雌の群れをなします。
オスの序列が強さによって決まる一方、メスの序列は年齢とサイズによって決まるようです。
行動圏は夏に広く、冬に狭くなります。
彼らは時速40㎞で走ることができますが、容易にオーバーヒートするため、普段はゆっくりと生活しています。
繁殖
8月、9月の繁殖期、オスは特徴的なにおいを発するようになり、これが名前の由来となっています。
メスは約8ヵ月の妊娠期間ののち、10㎏前後の赤ちゃんを通常1頭産みます。
赤ちゃんは生後1時間以内に歩き始め、数週間で草を食べるようになります。
ただ、1歳ごろまでは母乳も飲み続けます。
育児は母親の役割ですが、父親も群れを守るなどして間接的な役割を果たしています。
2歳ごろ独立し、オスは3~4歳、メスは1~4歳で性成熟に達します。
寿命は野生で10~20年です。
人間とジャコウウシ
絶滅リスク・保全
肉や毛皮、角を目的とした狩猟はジャコウウシの脅威であり続けてきました。
現在、最も生息数が多いカナダでは、1800年代には過剰な狩猟によりごくわずかが残るのみとなってしまいました。
その後、狩猟が規制され、現在では約8万頭が生息していますが、バンクス島やビクトリア島などの一部島嶼部では減少傾向にあります。
ジャコウウシの全個体数は12万頭以上いると推測されていますが、全体的に減少傾向にあるとされています。
IUCNのレッドリストでは軽度懸念の評価です。
動物園
日本でジャコウウシを見ることはできません。