ホッキョクグマの基本情報
英名:Polar Bear
学名:Ursus maritimus
分類: 食肉目クマ科クマ属
生息地: カナダ、デンマーク(グリーンランド)、ノルウェー、ロシア、アメリカ合衆国
保全状況: VU〈絶滅危惧Ⅱ類〉
参考文献
北極のクマ – 歩く冬眠
「海のクマ」という学名を持つホッキョクグマは、その名の通り北極圏に生息します。
寒いと-50度にもなる厳しい環境で生きる彼らは、ツキノワグマやヒグマなど、温帯で暮らすクマ同様、冬眠をします。
しかし、冬眠をするのは妊娠をしたメスだけです。
春に交尾をして妊娠したメスは、秋になると陸上や海氷上の雪の吹き溜まりに作られた巣穴に入り、冬眠します。
冬眠中は体温が外部環境の気温より数度低くなり、代謝も低下します。
なんとこの冬眠中、メスは出産し、その後3~4か月の間、冬眠したまま赤ちゃんを哺乳します。
さらに驚くべきことに、冬眠中つまり妊娠・育児中、メスは飲み食いはもちろん、排泄もしません。
自らは何のエネルギー摂取もない状態で、赤ちゃんに授乳するのですから、母親にとってはかなり過酷です。
実際母親は、巣穴に入る前の25~50%も減少した状態で、巣穴から出てきます。
しかし、筋肉量の減少はわずかで、骨量の減少はありません。
ホッキョクグマは、排泄物すらリサイクルできる生理機構で、長期間の絶食に耐えることができます。
巣穴にこもる期間は6~8か月。
特にメスのホッキョクグマは、最も長期間、絶食ができる哺乳類として知られています。
ところで、妊娠したメスしか冬眠しないホッキョクグマですが、オスや妊娠していないメスも冬眠のような状態になることが知られています。
ホッキョクグマは海氷に依存した哺乳類です。
一部の地域では、夏にその海氷が溶けてなくなりますが、その場合、ホッキョクグマは陸地に上がることとなります。
陸地では彼らの主食となるアザラシの捕食はできません。
そのため、彼らは長期間の絶食を強いられます。
そこで彼らの持つ生理機構が発揮されます。
巣穴にこもらずとも代謝を下げ、エネルギー損失を防ぐのです。
歩きながら冬眠と同じような生理状態になることから、これは「歩く冬眠(walking hibernation)」と呼ばれています。
肉食のクマ – アザラシ専門のハンター
現生するクマ科動物には、8種が存在しますが、それらはその食性に基づいて、大まかに植物食、雑食、昆虫食、肉食に分けることができます。
植物食のクマは、竹ばかり食べるジャイアントパンダ、雑食には南米唯一のクマであるメガネグマ、アメリカクロクマ、ヒグマ、ツキノワグマ(アジアクロクマ)、マレーグマ、昆虫食にはナマケグマ、そして肉食にホッキョクグマが該当します。
ただし、雑食性のクマはどちらかというと植物食性の傾向が強く、エサの95%が植物質でも生きていくことができます。
ホッキョクグマはほぼ完全な肉食動物です。
彼らは80種以上のエサを食べることが知られています。
その中には魚類や海鳥、海藻、シロイルカやイッカクなどの海生哺乳類、トナカイなどが含まれます。
また、冬眠から目覚めたメスグマや、陸に追いやられたクマは、ベリーなど植物質のものも食べます。
しかしこれらは体の大きなホッキョクグマにとってはどれもおやつ程度。
彼らのおなかを満たしてはくれません。
ホッキョクグマの真の主食は、アザラシです。
アザラシといっても、タテゴトアザラシやズキンアザラシ、体重1t超えるセイウチなど、様々なアザラシが北極圏に生息しますが、特に体重約70㎏のワモンアザラシが重要です。
次に重要なのは体重400㎏もあるアゴヒゲアザラシですが、こちらは大人のオスしか倒せません。
ホッキョクグマはこのアザラシの特に脂肪を好んで食べる、現生陸生哺乳類最大の肉食動物として知られています。
ホッキョクグマの狩りで最も多いのが、スティル・ハントと呼ばれる、いわゆる待ち伏せです。
アザラシは哺乳類なので、海に潜れても呼吸が必要です。
そのため海氷には、彼らが呼吸するための穴、呼吸穴がいくつもありますが、ホッキョクグマはその呼吸穴で待ち伏せをするのです。
このほか、雪上や、海中から忍び寄って、海氷上で休息するアザラシを襲ったり、稀に海中でも狩りに成功します。
狩りの成功率は約5%ですが、成功すれば多くのエネルギーを得ることができます。
アザラシ専門のハンター、ホッキョクグマは、平均5日に1頭のワモンアザラシを食べて厳しい北極で生活しています。
ホッキョクグマの生態
分類
ホッキョクグマは、約10万年前、ヒグマから枝分かれして進化したとされています。
ヒグマとは分岐後も何度か交雑したと考えられ、今日でも雑種の存在が確認されています。
なお、ホッキョクグマには亜種はいません。
生息地
ホッキョクグマは、北極圏の生産性の高い沿岸域に生息します。
一生を海氷上で過ごす個体もいますが、基本は大陸棚を好みます。北緯90℃(北極点)~北緯53℃(カナダのジェームズ湾)まで分布し、個体数の約6割はカナダに生息しています。
形態
クマ科最大のホッキョクグマの体長はオスが2~2.5m、メスが1.8~2m、体重はオスが300~800㎏、メスが150~400㎏、尾長は8~15㎝と性的二型が顕著です。
耳はアレンの法則に従って短く、小さいです。
ホッキョクグマの毛は、約5㎝の密な下毛と、約15㎝の保護毛からなります。
保護毛の中心は空洞で、断熱と浮力を与えます。
動物園のホッキョクグマの色は緑っぽい場合がありますが、あれはこの空洞に藻が繁殖した結果です。
本来、ホッキョクグマの毛は透明ですが、光を反射することで白く見えています。
シロクマといわれる所以です。
地肌は意外に黒です。
嗅覚が鋭く、1㎞以上先のにおいをかぐことができます。
鼻を空中に向けてにおいをかぐ様子がよく観察されます。
食性
ホッキョクグマの主食はアザラシです。
アザラシの出産期である3~6月は、ホッキョクグマにとって過食期となります。
彼らは1度の食事で、体重の2割もの肉を食べることができます。
彼らは機械的捕食者で、食べられるものは何時でもなんでも食べます。
座礁したクジラなどの死肉も食べますが、冷たいものを食べるのには温めるためにエネルギーが必要なので、基本は生きたものを殺して食べます。
捕食者はあまり知られていませんが、オオカミは特にホッキョクグマの子どもを襲うことがあります。
また、共食いや子殺しも見られます。
行動
ホッキョクグマの行動圏は通常、数十~数百㎢で、なわばりはありません。
一日の移動距離は15㎞前後。
地域によっては年間移動距離が1,500㎞を超えるものもいます。
海氷自身も動くので、実質の移動はもっと長い場合もあります。
ホッキョクグマは冬眠用に巣穴を作りますが、それ以外でも、エサ不足や悪天候時に避難するための穴や、ピットと呼ばれる体が半分埋まるほどの浅い穴を利用します。
ホッキョクグマは泳ぎが得意です。
歩行の5倍のエネルギーを要するため、基本は海氷上を歩きますが、必要に迫られれば連続で100㎞以上を泳ぐことができるようです。
最長687㎞連続で泳いで移動したという記録があります。
潜水は通常5m以内、潜水時間は35~75秒が普通です。
社会
ホッキョクグマは繁殖期を除けば、一般的に単独性の動物です。
ただ、特に海氷のない時期、オス同士で群れることがあります。
10代半ばのオスが多く、彼らはけがをしない程度にとっくみあいをして遊ぶことが知られています。
このとっくみあいは、同じサイズの者同士で行われます。
繁殖
ホッキョクグマは一夫多妻の配偶システムをとります。
メスは冬眠に入る前、通常の2~3倍も体重を増やします。
メスは約3年に1度、この栄養状態によって1~3頭の赤ちゃんを冬眠中に産みます。
ホッキョクグマでは着床遅延が見られます。
見かけ上の妊娠期間は7~9ヵ月ですが、実際の妊娠期間は2ヵ月になります。
出産後約3ヵ月は巣穴の中で眠りながら育児します。
生まれたばかりの赤ちゃんは600~700gしかありませんが、巣穴を出るころには10~12㎏にまでなります。
これは脂肪分が3割にもなる高質な母乳のおかげです。
離乳は2歳半ごろで、このころ独り立ちします。
メスが母親の行動圏近くで暮らす一方、オスはより遠くへ分散します。
性成熟は4~7歳のころ。
寿命は通常20~25年です。
人間とホッキョクグマ
絶滅リスク・保全
ホッキョクグマはいくつかの脅威にさらされています。
最も重要なのは地球温暖化です。
温暖化の影響で、夏に海氷が溶けだすのが早くなり、夏が終わった後の海氷の再形成が遅くなっています。
海氷がなくなった地域のホッキョクグマは陸に追いやられるため、エサ不足の期間が長くなります。
メスの冬眠もより過酷になるでしょう。
また、ホッキョクグマは他の哺乳類と比べても寄生虫の種類や病気にかかることが非常に少ないですが、温暖化により新たな寄生虫や病原体が北極圏に進出してくる可能性が懸念されています。
化学物質による汚染も注意すべき脅威です。
PCBやDDTといった残留性有機汚染物質(POPs)は、遠く離れた場所から北極圏に集まります。
こうした物質は生物濃縮により、ホッキョクグマの体内に高濃度で蓄積していきます。
また、POPsは脂溶性で、脂肪食の彼らにはさらに危険です。
このような物質は、ホッキョクグマの生殖能力の低下を引き起こすと考えられています。
このほか、北方の先住民により1万年以上前から行われてきた狩猟も脅威の一つです。
ホッキョクグマの肉は食用に、毛皮は帽子や工芸品などに使われます。
今でも毎年1,000頭近くのホッキョクグマが狩猟されているといわれています。
狩猟されるものの3分の2はオスの亜成獣です。
また、毛皮に付着したり体内に入ることで生存を脅かす石油の流出や、彼らの暮らしを妨げるような行き過ぎた観光もホッキョクグマの脅威となりえます。
現在、ホッキョクグマの個体数は20,000~25,000頭と推測されており、IUCNのレッドリストでは絶滅危惧Ⅱ類に指定されています。
上記の脅威が今後も彼らを危険にさらし続ければ、約40年後には今の3分の1にまで減少するという推測もあります。
動物園
ホッキョクグマは、各地方の動物園で見ることができます。
中でも北海道は、ホッキョクグマを展示している動物園が円山動物園、旭山動物園、おびひろ動物園、釧路市動物園の4つも存在しています。
さすが雪の国ですね。