キタゾウアザラシの基本情報
英名:Northern Elephant Seal
学名:Mirounga angustirostris
分類:食肉目 アザラシ科 ゾウアザラシ属
生息地:カナダ、メキシコ、アメリカ合衆国
保全状況:LC〈軽度懸念〉

参考文献
ゾウアザラシ
ゾウアザラシは北半球と南半球にそれぞれ1種ずつ存在しますが、どちらもその名の通りゾウのように大きいです。
鰭脚類最大のミナミゾウアザラシのオスは最大6m近くになり、体重も4tとアジアゾウよりも大きくなります。
また、ゾウアザラシの特にオスはゾウのような大きな鼻を持っています。
キタゾウアザラシは、体サイズは負けるものの、鼻に関してはミナミゾウアザラシよりも大きくなります。


しかし、大きいのはオスだけ。
メスのゾウアザラシの体重は1tにも満たず、ゾウアザラシは体サイズにおける性差が哺乳類の中でも特に著しいです。
このような性別による見た目の違いを性的二型と言いますが、その程度は繁殖に大いに関係しています。
キタゾウアザラシは、12月から2月にかけて繁殖のために海岸に上陸します。
メスは上陸して数日後に出産し、その約3週間後に発情を開始します。
オスにとっては、メスが一定のエリアで一斉に発情するため、より多くのメスを守ることが自分の子をより多く残すために効果的となります。
実際、ゾウアザラシは極めて強い一夫多妻制を見せます。
オスは繁殖期間中、自慢の鼻を膨らませてドラムのような音を出したり、上体を起こしてぶつけ合ったりして優位を競います。
そして、勝ち残ったわずかなオスが多くのメスを手に入れます。
ちなみに若いオスは強い成熟オスの声を聴いただけでも逃げてしまいますが、ある地域の強いオスの音声を他の地域のオスに聞かせても逃げなかったという報告があります。
これはキタゾウアザラシのオスの音声が世界共通で強さを表すわけではなく、個体識別に関係している可能性があることを意味します。
個体を表す音声は鯨類でシグネチャーホイッスルとして知られていますが、キタゾウアザラシは鰭脚類でもシグネチャーホイッスルが存在する可能性が指摘された初めての種です。

話を戻して、最も大きなハレムを獲得したオスはランドマスターと呼ばれますが、キタゾウアザラシの研究では彼を含む数%のオスが、交尾全体の最大9割を占めることもあります。
また、生涯で生まれる自分の子の数がメスでは10頭程度なのに対し、強いオスでは100頭近くにもなるほど、キタゾウアザラシの繁殖には勝者総どり感があります。
とはいえこのような熾烈な競争に毎年勝てるわけではありません。
オスがハレムを獲得できるのは大抵成熟しきった1~2年の間だけです。
オスは人生の最後に力を振り絞って自らの子を残そうとするのです。
ところで、育児と同じ場所でこうしたオスによる闘争が展開されるため、生まれた子がオスに踏みつけられて死ぬことも少なくありません。
しかし、オスにとってはどうでもいいこと。
なぜならその子は前年の繁殖期に生まれた命であり、今しのぎを削っている自分の子である可能性が低いからです。
そうした意味でも、ゾウアザラシの繁殖は非常に過酷なものと言えるでしょう。

潜って、寝て、食べて
繁殖期、そして春から夏にかけての換毛期の間、陸で過ごす彼らは実はオスもメスも絶食しています。
特に授乳をする繁殖期のメスにとって絶食は大変なことで、子を育て終わる頃、彼女たちの体重は出産前の半分になってしまいます。
彼らは陸での生活が終わると海に出て採餌海域まで回遊しますが、この海での生活が生きのび、繁殖するうえで大きな鍵を握っています。
最大7ヵ月連続で海中生活をする彼らは、卓越した潜水能力を持っています。
キタゾウアザラシは深さ1,700m以上まで潜ることができ、最大2時間潜水することができます。
これは鯨類のマッコウクジラに肉薄する能力です。
とはいえ、多くの潜水は500m付近を20分間ほど。
それでも呼吸のために海面にいる時間は数分なので、彼らの海での生活は観察が難しく長らく謎に包まれたままでした。
しかし、近年バイオロギングなどの技術の発達により、彼らの海中生活が少しずつ解明され始めています。

映像記録計や深度記録計から彼らが昼夜問わず、1日のほとんどの時間を潜水と採餌に費やしていることがわかりました。
主に食べていたのはなんと体重10g程度のハダカイワシ。
キタゾウアザラシはこの小さい獲物を、感覚が宿るひげと大きな目を使って四六時中、大量に食べていると言われています。
これはつまり、彼らがこれほどの時間を使って採食しなければ、生命を維持できないということです。
そのため、彼らは餌生物の減少に脆弱で、それを引き起こしうる気候変動の影響を大きく受ける生物でもあります。
ところで、陸上では10時間近く寝る彼らは、食べてばかりの海での生活の間、どのように休息しているのでしょう。
アシカでは半球睡眠といって脳を半分ずつ休ませることが知られていますが、アザラシは半球睡眠をしません。
それではキタゾウアザラシはどのように寝ているのかというと、どうやら彼らは潜水中に休んでいるようです。
記録計のデータによると、彼らは一定程度まで潜った後、腹を上にして重力に任せてらせん状に沈む(ドリフト潜水と呼ばれる)ことがわかりましたが、この間に眠っているというのです。
彼らが眠るのは、天敵のシャチやホホジロザメがいない深さ。
潜って、寝て、食べて。
繁殖期の絶食生活にも負けず、飽食の生活も大変なものです。

キタゾウアザラシの生態
生息地
繁殖期や換毛期はカリフォルニア州からメキシコのバハカリフォルニアの太平洋沿岸やチャネル諸島などの島々で過ごしますが、その後オスは北のアラスカ湾やアリューシャン列島、メスはアラスカ湾や西の大陸棚外縁で過ごします。
オスは体が大きいため、捕食者が多い高緯度でも生きのびられることからこの違いが生まれていると予測されます。
日本近海にも来ているようで、ごくまれに漂着個体が見つかります。
形態
体長はオスが3.8~4.2m、メスが2.6~2.8m、体重はオスが1.8~2.5t、メスが300~700㎏で、性的二型が顕著です。
赤ちゃんは黒い新生子毛で生まれますが、その後換毛し、銀色に、そして徐々に大人の褐色になっていきます。
大きな鼻はオスだけが持ち、2歳ごろから8歳にかけて大きくなります。

食性
中深海水層に生息するハダカイワシなどの魚類やイカ類を主食とします。
捕食者にはシャチとホホジロザメが知られています。
ホホジロザメは9月から2月にかけてカリフォルニア沿岸に集まることが知られており、繁殖期のキタゾウアザラシを待ち構えて捕食します。

行動・社会
12月から2月にかけての繁殖期を終えると2ヵ月程度の摂餌回遊を行います。
そして数週間の換毛期の後、再び最大7ヵ月の摂餌回遊を行います。
回遊中は単独で過ごすとされています。
繁殖期は大群で見られ、それぞれは生まれた繁殖地に戻る傾向があります。
年間の回遊距離は数万㎞にも及びます。
繁殖
メスは約3ヵ月の着床遅延を含む11~12ヵ月の妊娠期間の後、約1.3m、30~50㎏の赤ちゃんを一頭産みます。
赤ちゃんは生後23~27日で離乳し母親から離れますが、その後もしばらくは子供同士で集まり、陸で過ごすことがあります。
この時、まだ陸にいる子育て中の母親でないメスの母乳を飲むことがあります。
また、子の取り違えも起きるようです。
性成熟にはオスが7~9歳、メスが3~4歳で達します。
寿命は長くてオスが14年、メスが21年です。

人間とキタゾウアザラシ
絶滅リスク・保全
キタゾウアザラシは繁殖地におけるブラバーと呼ばれる脂肪を目的とした狩猟により、1890年ごろには100頭程度の小集団が観察されるのみとなり絶滅寸前まで追い込まれます。
しかしアメリカ合衆国では20世紀中ごろには、毎年14%ずつ増えていき、個体数は次第に回復します。
現在全個体数は20万頭以上と推測されており、IUCNのレッドリストでは軽度懸念の評価です。
一方、一度は少ない数まで減少し増加したことで遺伝的多様性が小さく(ボトルネック効果)、麻疹などの病気の蔓延の可能性が指摘されています。


動物園
日本ではかつて山形県の加茂水族館で、テニスプレーヤーの大坂なおみ選手に因んで名づけられた「なおみ」というキタゾウアザラシが飼育されていました。
水族館職員によって三瀬海岸沖で弱っていたところを保護され、テレビにも出るなどして人気者でしたが、2022年に亡くなったようです。