アカギツネの基本情報
英名:Red Fox
学名:Vulpes vulpes
分類:食肉目 イヌ科 キツネ属
生息地:アフガニスタン、アルバニア、アルジェリア、アンドラ、アルメニア、オーストリア、アゼルバイジャン、バングラデシュ、ベルギー、ブータン、ボスニアヘルツェゴビナ、ブルガリア、カナダ、クロアチア、キプロス、チェコ、デンマーク、エジプト、エストニア、フィンランド、フランス、ジョージア、ドイツ、ギリシャ、グリーンランド、バチカン市国、ハンガリー、アイスランド、インド、イラン、イラク、アイルランド、イスラエル、イタリア、日本、ヨルダン、カザフスタン、北朝鮮、クウェート、キルギス、ラトビア、レバノン、リビア、リヒテンシュタイン、リトアニア、ルクセンブルク、マルタ、モナコ、モンゴル、モンテネグロ、モロッコ、ミャンマー、ネパール、オランダ、北マケドニア、ノルウェー、オマーン、パキスタン、ポーランド、ポルトガル、カタール、ルーマニア、ロシア、サンマリノ、サウジアラビア、セルビア、スロバキア、スロベニア、スペイン、スーダン、スウェーデン、スイス、シリア、タジキスタン、チュニジア、トルクメニスタン、トルコ、アラブ首長国連邦、イギリス、アメリカ合衆国、ウズベキスタン、イエメン、オーストラリア、ニュージーランド
保全状況:LC〈経度懸念〉
参考文献
都市化、そして家畜化
食肉目の動物の中で、最も広い分布域を誇るアカギツネ。
それゆえ、彼らは非常に多様な環境に暮らします。
人間が住む都市ですらその例外ではありません。
都市に定着するいわゆる都市ギツネは1930年代のイギリス、ロンドンで最初に報告されます。
それ以降、他の国々でも観察され始め、日本でも北海道で見られるようになります。
札幌市では1990年代に都市ギツネが増加し、人獣共通感染症であるエキノコックスの観点からも問題視されました。
こうした人間を怖がらないキツネが知られ始めた1950年代。
当時のソ連では重要な外貨獲得手段である輸出用毛皮産業で働く遺伝学者がある実験を始めます。
それがドミトリ・ベリャーエフによる前代未聞のキツネの家畜化実験です。
現在、家畜化されている哺乳類には、絶滅種オーロックスを祖先とするウシや、戦いに革命を起こしたウマ、たぐいまれな輸送能力を持つラクダ、そして最も早く家畜化され人間の精神的なパートナーとなったイヌなどが知られていますが、哺乳類の総数からするとその数はごくわずかです。
また、家畜化された種には、垂れ耳や巻いた尾、幼い顔立ちといったペドモルフォーシス(幼体に見られる形質が成体になっても維持されること)や、斑点模様、そして繁殖能力の上昇といったよく似た特徴が現れます。
ベリャーエフは、こうした問題や家畜化の始まりとその過程に興味を持ち、家畜種の似た特徴とされるものが、「従順さ」の選択によって獲得されたと推測しました。
このことを示すため、彼は当時毛皮用に育種していたアカギツネを対象に、実験を始めます。
選ばれるアカギツネは人が近くにいてもおとなしい個体。
共同研究者のリュドミラ・トルートとともに、彼らはそうした個体同士を掛け合わせ、より従順な個体を生んでいきます。
そしてついにはまるでイヌのようなアカギツネを誕生させることに成功します。
そうした個体の中には、耳が垂れたりしっぽをまいたり、しっぽを振ったり、鼻面が短く丸かったり、斑点があったりしました。
また、繁殖のタイミングを制御するメラトニンと呼ばれるホルモンや、幸せホルモンとして知られるセロトニンなどのホルモンの分泌が従順なキツネでは他のキツネと異なることも判明します。
そして、こうした変化は主に遺伝子によって引き起こされていることもわかります。
ベリャーエフらは、従順さの反対にある攻撃性で選択した対照群を1970年代以降準備していました。
その対照群の中の攻撃的な母親に従順なキツネの胚を移植し、生まれた子を育てさせたところ、その子は遺伝学的母親と同じように、つまり従順に行動したのです。
一方で、従順さは学習によっても強化されるようで、人と一緒に暮らすことで人との強い絆を見せた個体もいました。
こうして家畜化の始まりと過程の問題に重要な示唆を与えたキツネたちですが、この変化がダーウィン以来の進化論からするときわめて短い時間で起きたのはなぜなのでしょう。
ベリャーエフはそれが遺伝子自体に変異が起きたからではなく、もともとあった遺伝子の発現を制御するシステムに変化が起きたからと説明します。
遺伝子の研究は急速に発展しており、今後家畜化に関する新たな発見がキツネたちから生まれるかもしれません。
ベリャーエフが生きたソ連は、スターリンの失策で何度も飢饉に見舞われ、非科学的な農法によって飢饉を脱すると嘯きスターリンの支持を得たルイセンコが科学界を牛耳る不遇の時代。
中でも遺伝学は虐げられ、遺伝学者である兄は強制収容所に放り込まれ、そのまま死んでしまった。
そんな逆境に負けず、この実験を思いつき実行したベリャーエフは1985年に亡くなりますが、彼が生み出したキツネたちは今も世代を超え生き続けています。
アカギツネの生態
分類
アカギツネには40以上の亜種が知られています。
日本には北海道にキタキツネが、本州、四国、九州にホンドギツネが生息しています。
北米の個体は遺伝的に他と異なることが示されています。
生息地
北半球に広く生息していますが、オーストラリアやフォークランド諸島などには人為的に導入され、定着しています。
17世紀にはアメリカ東部にヨーロッパの個体が持ち込まれています。
アカギツネは標高4,500mまでのツンドラや砂漠、森林、都市、農地など様々な環境に生息します。
形態
体長は45~90㎝、体重は3~14㎏(オスの平均約5㎏、メスの平均約4㎏)、尾長は30~50㎝でオスの方が大きくなります。
体色にバリエーションがあり、最も一般的なオレンジ色の他、銀色のギンギツネや真っ黒のクロギツネ、縞模様があるジュウジギツネなどが知られています。
日本ではその黄金色の体色が豊穣を連想させ、また害虫であるネズミを食べてくれることから古くから崇められています。
食性
アカギツネは雑食性です。
齧歯類やウサギ類、昆虫、鳥類、果実、死肉などを食べます。
餌を隠すことでも知られており、その隠し場所を覚える記憶力もあるとされています。
行動・社会
アカギツネは繁殖期を除くと単独性です。
行動圏は1~10㎢で、特に子育て期はなわばり性があると考えられています。
子育て用に巣穴をほりますが、アナグマやウサギ、齧歯類が掘ったものを使用する場合もあります。
巣穴は行動圏に複数あり、繁殖期の間に何度か引越しします。
アカギツネは最高時速48㎞で走ることができ、2mジャンプすることができます。
繁殖
アカギツネは冬に交尾をします。
複数の異性と交尾する可能性がありますが、最終的に1頭の相手とペアを形成します。
このペアは永続せず、繁殖期ごとに変わります。
メスの妊娠期間は49~56日、1度の出産で体重50~150gの赤ちゃんを1~13匹(平均4~5匹)産みます。
子育ては主に母親が行いますが、父親もエサを運ぶなど協力することもあります。
赤ちゃんは生後9~14日で目を開き、1ヵ月齢で巣穴の外に出始めます。
生後8~10週で離乳し、半年で独立していきます。
オスはより遠くに分散する一方、メスは年下の子を世話するヘルパーとして群れに居残ることもあります。
性成熟には生後10カ月で達します。
寿命は野生で7年、飼育下で長いと15年ほどです。
人間とアカギツネ
絶滅リスク・保全
広い範囲に生息しているアカギツネは絶滅の懸念はあまりされていません。
IUCNのレッドリストでは軽度懸念の評価です。
一方、特に人為的に導入された地域では他の生物種に被害を与える外来種としてみなされる場合もあり、世界の侵略的外来種ワースト100にも選ばれています。
アカギツネは農作物を荒らす害獣として駆除されることもあります。
また、毛皮目的として飼育されてもいます。
彼らはアメリカミンクと並んで、毛皮の取引量が最も多い哺乳類として知られています。
動物園
日本では野生の他、動物園でもアカギツネを見ることができます。
北海道の動物園ではキタキツネが、本土の動物園ではホンドギツネが飼育されています。
このほか、宮城県の蔵王ではキツネと触れ合えるキツネ村が有名です。
家畜化のヒントもここに隠れているかもしれません。