マッコウクジラの基本情報
英名:Sperm Whale
学名:Physeter macrocephalus
分類: 鯨偶蹄目 マッコウクジラ科 マッコウクジラ属
生息地: 全世界の海
保全状況: VU〈絶滅危惧Ⅱ類〉
参考文献
巨大な頭
見てわかる通り、マッコウクジラは全長の3分の1にもなる巨大な頭を持ちます。
この頭の中にはいったい何が入っているのでしょう。
そしてなぜこんなにも大きいのでしょう。
まずはどんな哺乳類にもある脳。
マッコウクジラの脳はさすがに大きく、その重さは9㎏にもなります。
これは哺乳類最大の重さです。
クジラの場合、頭の中にあるのはこの脳だけではありません。
マッコウクジラはクジラの中でもハクジラと呼ばれるグループの1種ですが、ハクジラは音でエサの存在など周りを把握することができます。
これはエコロケーションと呼ばれ、メロンと呼ばれる脂肪組織が重要な役割を果たしています。
他のハクジラのメロンに相当するのが、ジャンクと呼ばれる紅白の縞模様をした脂肪組織で、頭骨の上部に存在します。
ジャンクはメロンと同じく、放つ音(音と言っても人間には聞こえない超音波)を調節する役割を持ちます。
ジャンクの上には脳油を満たしたケースと呼ばれるタンクがあり、これも音の調節に役立っているといわれています。
放つ音はどこから生まれるかというと、頭の前部、ジャンクの上部にある鼻声門(フォニックリップス)と呼ばれる部分です。
他のハクジラでは、鼻声門はメロンの後ろにありここから出る音がメロンを通って外に放たれますが、マッコウクジラの場合、この鼻声門から出た音は一度ついたて状の頭骨後部に向かい、そこで反射したのちジャンクを通り外に放たれます。
発射された音は、エコロケーションに使われる他、エサとなる生物を麻痺させることができるほど強大です。
マッコウクジラの巨大な頭は、彼らにしか見られない構造を持っており、深海でエサを捕らえるのに特殊化した頭と言えるでしょう。
深海の鯨
マッコウクジラは深さ1,000m以上もある海で暮らします。
彼らは水深3,000mまで潜ることができ、深海にすむイカなどを食べているといわれています。
マッコウクジラは1時間以上潜水することができます。
我々人間と同じ肺呼吸の彼らが、なぜそんなにも呼吸をせずにいられるのでしょうか。
まず呼吸の効率が違います。
ヒトの場合、一度の呼吸で肺の約20%の空気しか入れ替わりませんが、マッコウクジラの場合は一度に90%も入れ替わります。
肺に入った酸素は、その後血液や筋肉に貯蔵されます。
肺に留まる酸素量はヒトで全体の3分の1ほどである一方、クジラ類では約9%です。
鯨類の血液の酸素結合能は高く、血液100ml中の酸素量はヒトではせいぜい20mlである一方、マッコウクジラでは約30mlにもなります。
また、ミオグロビンは、血中で酸素と結合しているヘモグロビンよりも酸素と高い親和性を示しますが、マッコウクジラでは他の哺乳類の8~9倍ものミオグロビンが筋肉中に存在します。
筋肉に留まる酸素量は非常に多く、ヒトが全体の14%であるのに対し、マッコウクジラは40~50%の酸素を筋肉中に貯蔵しています。
このような能力のおかげで、マッコウクジラは深海で狩りをできるほど息が続くのです。
ところで、深く潜るという点について、先ほど登場した脳油について補足しましょう。
かつて精子(sperm)だと考えられていた脳油は英語でspermacetiといいますが、これがマッコウクジラの英名Sperm Whaleの由来となっています。
脳油は以前、深海に潜るのに役立っていると考えられていました。
海水とほとんど同じ重さのマッコウクジラは、鼻道に冷たい海水を流し、脳油を凝固させ密度を増して重たくすることで深海に潜っているのではと考えられていたのです。
現在脳油は音の調節に貢献していることがわかってきていますが、あれだけ大きな頭ですから、そのようなおもりの役目があるという想像があってもおかしくありませんね。
マッコウクジラの生態
生息地
マッコウクジラは世界中の外洋に生息しますが、性別によって住む海域が違います。
オスが極圏に近い高緯度海域で生活するのに対し、メスや若齢個体は緯度40~50度以下の熱帯および亜熱帯の海に生息します。
形態
体長はオスが16m、メスが11m、体重はオスが45t、メスが15tで鯨類では最大の性差となります。
顕著な性的二型はメスをめぐるオスの競争がある可能性がありますが、オスにはしばしばケンカの痕が見られるため、マッコウクジラはメスをめぐるオスの競争があると考えられています。
ハクジラのマッコウクジラの上顎に歯はなく、下顎には片側20~26本の歯があります。
歯は生え変わることなく、象牙質は一生成長します。
マッコウクジラの腸内でできる結石は龍涎香と呼ばれ、紀元前から香料や薬として利用され、今でもその珍しさ(発生頻度は0.5~3%)から高値で取引されています。
食性
マッコウクジラは毎日体重の3%のエサを食べる必要があると推測されています。
世界中のマッコウクジラが1年で食べるエサの量は、人間の1年の総漁獲量に匹敵するといわれています。
彼らは深海で採餌していると考えられており、主食はダイオウイカやアメリカオオアカイカといった頭足類です。
深海の魚類も食べるようです。
捕食者はほとんどいませんが、幼児はシャチから捕食される場合があります。
行動
シャチに襲われる場合、マッコウクジラは特徴的な防御態勢を取ります。
こちらが比較的大きな群れであった場合、全員がシャチに頭を向けるヘッドアウトインフォーメーションをとります。
一方、比較的小さな群れであった場合は、子供を中心にして、大人は頭を内側に子供を囲います。
その形から、これはマーガレットフォーメーションと呼ばれています。
成熟したオスは単独で生活しますが、シャチに襲われた場合は、コーダを発しながら複数個体で集まる場合もあるようです。
コーダとはマッコウクジラが出す鳴音の一つで、群れは群れ特有のコーダを持ちます。
社会
マッコウクジラはメスと若齢の個体からなる20~30頭の群れを作ります。
これは母系社会で、オスは10歳ごろになると群れを離れる個体が出始めます。
群れを離れたオスは、若いオス同士で群れを作り、成熟すると単独で行動するようになります。
オスは普段餌資源の多い高緯度地域で暮らしますが、繁殖の時期になるとメスのいる暖かい海域に回遊し、メスの群れと合流します。
繁殖
オスもメスも複数の異性と交尾します。
メスは4~5年おきに出産します。
妊娠期間は14~16カ月で、他の鯨類が約1年であることを考慮すると非常に長いです。
赤ちゃんは1頭で生まれ、体重は0.5~1t、体長は4mにもなります。
1歳前には固形物を食べ始めますが、少なくとも2歳までは母乳も飲みます。
育児はメスの役割で、母親が潜水している間、その子の面倒を他のメスが見ることもあります。
メスは9歳ごろ性成熟に達し30歳ごろまで成長します。
オスは10歳ごろから精子形成を始めますが、社会的に成熟し実際に繁殖できるようになるためにはそこから10年以上はかかります。
オスの成長は50歳ごろまで続くようです。
マッコウクジラの寿命は少なく見積もっても60~70歳以上といわれています。
人間とマッコウクジラ
絶滅リスク・保全
特に1頭から3~4tとれる脳油が燃料や化粧品、潤滑油として有用なマッコウクジラは、古くから捕鯨の対象であり、16世紀には商業的な捕鯨が始まっていたといわれています。
20世紀にはいるとエンジンのついた船や捕鯨砲を用いた漁が活発になり、最盛期には1年に2.5万頭ものマッコウクジラが捕獲されていました。
捕鯨前は110万頭いたといわれるマッコウクジラは20世紀末には36万頭にまで減ったとされています。
IUCNのレッドリストでは絶滅危惧Ⅱ類に指定されており、現在、捕鯨の影響は限りなく小さくなりましたが、環境汚染やごみなど誤飲の影響があらたに懸念されています。
動物園
日本はおろか世界中でマッコウクジラを飼育しているところはありません。
小笠原諸島や知床半島ではマッコウクジラを見ることができるホエールウォッチングのツアーがあるようです。
実体験に基づいたハーマン・メルヴィルの小説「白鯨」のモビー・ディックのモデルはマッコウクジラですが、小説を書かせるほどのマッコウクジラに皆さんも会えるかもしれません。