トナカイの基本情報
英名:Reindeer
学名:Rangifer tarandus
分類:鯨偶蹄目 シカ科 トナカイ属
生息地:カナダ、フィンランド、グリーンランド、モンゴル、ノルウェー、ロシア、アメリカ合衆国
保全状況:VU〈絶滅危惧Ⅱ類〉

参考文献
銀世界への適応
おそらく世界で最も有名なシカ科動物、トナカイ。
彼らは北極圏や亜北極圏に生息し、冬にはあたり一面雪景色、気温が−50℃以下にもなる環境で暮らします。
寒さに強いトナカイは、極寒の銀世界でも生きていくために様々な特徴を持っています。
例えばその被毛は2層からなり、強力な断熱材として機能します。
特に外側の保護毛はホッキョクグマのように中が空洞となっており、断熱効果をさらに高めています。
毛は鼻先にまでびっしり生えているため、エサを求めて雪の中に顔を突っ込んでも寒くはありません。
これに加え、温かい血が流れる血管が鼻先にびっしり通っているのも保温、そして脳を守るために重要な役割を果たしています。
また毛は蹄の間にも生えており、これは雪が蹄に詰まるのを防ぐ効果を持ちます。
蹄と言えば、トナカイの蹄は広く雪に埋もれにくくする役割を持ちます。
また、裏にはくぼみがあり、雪を掻きだすのに役立ちます。
特筆すべきは、彼らの蹄の性質が季節によって変わることです。
夏、その蹄は弾力のあるスポンジのように柔らかく、雪解け後の柔らかい地面を歩くのに役立ちますが、冬にはその縁が固くなり、氷に食い込むことでグリップ力を高めるのです。
このほか、銀世界の中からエサを見つけ出すための武器もトナカイは持っています。
エサが少なくなる冬になると、トナカイは菌類と藻類が共生した複合体である地衣類(lichen)を主食とします。
特に英名ではトナカイの名を冠するハナゴケ(reindeer lichen)が重要になりますが、このハナゴケは白く、雪をかぶれば外から見つけ出すことは困難です。
しかも北極圏の冬は昼でも暗く、そんな中この餌を探すのは至難の業。
しかしトナカイは、特殊な目でエサを見つけます。
冬になると、トナカイの目はなんと紫外線を見ることができるようになるのです。
雪は紫外線を反射しますが、ハナゴケは紫外線を吸収します。
つまり、人間には見えない紫外線の吸収や反射を見て彼らは周囲を把握しているのです。

これに関連して、彼らは季節によって目の色を変えます。
冬には網膜の後ろにあるタペータム(輝板)が紫外線や青、紫をよく反射し、その目は青色に見えます。
タペータムは多くの哺乳類が持ち、暗闇の中で光を増幅させる効果を持ちます。
例えば暗闇に浮かぶ捕食者の目の光は、タペータムによるものです。
話を戻して一方、夏になるとタペータムの構造が変化し、青や紫を反射しなくなるため、トナカイの目は金色になります。
トナカイというと雪や冬を連想しますが、彼らはその通り、雪や冬に極めて高いレベルで適応した哺乳類なのです。

家畜としてのトナカイ
トナカイは漢字で「馴鹿」と書くこと、そして英名の“reindeer”の“rein”が「手綱」を意味することからも、トナカイは人間とのかかわりが深い動物であることがわかります。
事実、ホモ・サピエンスは1万年以上も前から特にユーラシアにおいて重要な食糧源としてトナカイを狩ってきました。
肉はもちろんのこと、毛皮は防寒具として、角や骨は武器などの道具の材料として有用だったのです。
その後、人間が資源として重要なトナカイを自らのコントロール下に置こうとしたことに疑問はないでしょう。
トナカイを囲い込む柵は少なくとも3000年前には存在していたことが知られています。
トナカイの家畜化はこの辺りから始まったようです。
時代が下ると従順性が高いトナカイが選別されていき、様々な民族によって様々な形で利用されます。
例えばトナカイを食料源という伝統的な方法で利用する民族もあれば、サンタクロースが「赤鼻のトナカイ」ルドルフたちにそうさせたように、そりを引かせたり背中に乗ったりして移動するための交通手段として利用する民族もいます。
いずれにせよ、トナカイは家畜化の道半ばにあるとされています。
野生個体と家畜個体はかなり近接した場所で暮らしており、交雑は普通に存在します。
むしろ、野生個体を意図的に手懐けた群れに入れることすらあるようです。
また、トナカイは移動性が非常に高い動物です。
年間5千㎞以上移動する個体群もあるトナカイは、最も大規模な群れで最も長距離を移動する哺乳類として知られていますが、そんな動物を人間の近くに置き続けることは簡単ではないでしょう。
ただ、同じ群れでの体色の多様化、鼻面の短縮、小型化といった、野生種と比べて家畜種に典型的な特徴が表れ始めているのは、トナカイが確実に家畜としての性質を持ち始めている証拠です。
人間とトナカイの関係は、今後より深くなっていくことでしょう。

トナカイの生態
名前
ヨーロッパでは“reindeer”、北米では“caribou”と呼ばれます。
カリブーとは、雪を掘る様子を形容したカナダの先住民、ミクマク族のトナカイを指す言葉に由来します。
和名のトナカイはアイヌ族の「トゥナカイ」に由来します。
サハリンや千島列島にも暮らしていたアイヌ族は大陸の部族とも交流があったようで、その居住地にトナカイは生息していないものの、トナカイとのかかわりがあったと考えられています。

生息地
北緯50度から81度まで、北極圏および亜北極圏の島々を含む、ツンドラや山地、タイガなどの森林に生息します。
半数が大陸のツンドラに分布しています。
アイスランドでは導入個体が野生化し、定着しています。
イギリスのフォークランド諸島やサウスジョージア・サウスサンドウィッチ諸島には導入個体が存在します。

形態
体長は1.5~2.3m、肩高は0.9~1.4m、体重は55~318㎏、オスは通常約150㎏、メスは約90㎏、尾長は13~20㎝でオスの方が大きくなります。
南方のトナカイの方が一般的に大きく、体色は南方の森林にすむ個体が黒っぽい一方、グリーンランドなど北方の個体はほとんど白い色をしています。
トナカイはシカ科では唯一雌雄ともに角(枝角、アントラー)が生えます。
オスの方が角はずっと立派で、90~120㎝になる一方、メスの角は30~40㎝で形状も単純で、角を持たないメスもいます。
オスの角は、体に対する大きさではシカ科最大となります。
オスは繁殖が終わった11月ごろ角を落とす一方、メスは5月まで角を維持します。
つまり、クリスマスにサンタのそりを引く、角を持つトナカイたちはすべてメスということになります。
トナカイは歩く際、ポキポキという音がすることが知られています。

食性
夏には草や広葉草本、低木、キノコ、地衣類など様々な植物を食べますが、冬には地衣類が大きな割合を占めます。
トナカイは地衣類を分解するリケナーゼという酵素を持つため、地衣類を消化することができます。
トナカイは環境がいいと日に5㎏ほどエサを食べます。
北極圏の人々は、地衣類を消化できないため、トナカイの腹の半消化状態の地衣類を食べることで地衣類から栄養を取っているそうです。
捕食者にはクマ類やオオカミ、コヨーテが知られており、特に子供は捕食対象となりやすいです。






行動・社会
薄明薄暮時に活発に採食するトナカイは、他のシカや牛と同様胃を4つ持ち、反芻する反芻動物です。
最高時速は80㎞/hにも到達し、泳ぎも得意で10㎞/hで泳ぐことができます。
トナカイは季節によって移動する動物で、春には子育ての地へ、秋には冬を越す地へ移動します。
移動の際の群れは数万頭になることもあり、群れが大きくなるほど移動距離は長くなります。
山に住むトナカイは夏には高地へ、冬には低地に移動します。
トナカイは利用土地への忠誠が高く、毎年同じ場所を目的地として移動します。
繁殖期になるとオスはメスをめぐって争い、強いオスは5~15頭のメスと交尾します。
この間、オスは繁殖を優先するため、体重をかなり落とすこととなります。
繁殖
繁殖期は9~10月で、状態が良ければメスは毎年出産します。
メスの発情は群れ内でほとんど同時期に見られます。
メスは225~235日の妊娠期間の後、3~12㎏の赤ちゃんを通常1頭産みます。
赤ちゃんは生後数分で立ち、数日中には母親に問題なくついて歩けるようになります(フォロワータイプ)。
授乳期間は短く、子供は生後1.5ヵ月頃には植物からほとんどの栄養を摂るようになります。
その後数ヶ月で独立し、1.5~2歳で性成熟に達します。
寿命は野生でメスが12~16年、オスはそれよりも数年短いです。

人間とトナカイ
絶滅リスク・保全
トナカイは世界全体で約290万頭いると推測されています。
最も多いのはカナダで約130万頭、次いでロシアが約83万頭、アメリカ合衆国(アラスカ)が66万頭です。
個体数は多いですが、減少傾向にあり、その速度が非常に早くここ20~30年で約40%も減少したとされています。
そのためIUCNのレッドリストでは絶滅危惧Ⅱ類に指定されています。
脅威としては狩猟や生息地の破壊、悪化などが挙げられます。
特に山や森林における道路建設などのインフラ整備は、生息環境を破壊するだけでなくトナカイの移動を妨げます。
また、家畜トナカイとの交雑も懸念材料です。
気候変動はトナカイの生存に影響するかもしれません。
氷の形成はエサへのアクセスを難しくし、暖かくなると寄生虫の問題も出てきます。
今後、トナカイの更なる減少が懸念されています。


動物園
トナカイは、北海道の釧路市動物園、秋田県の大森山動物園、栃木県の那須どうぶつ王国、東京都の多摩動物公園、千葉県の市原ぞうの国、長野県の須坂市動物園で見ることができます。
運が良ければクリスマスの夜空にも、そりを引くトナカイを見ることができるかもしれません。


