チンパンジーの基本情報
英名:Chimpanzee
学名:Pan troglodytes
分類:ヒト科 チンパンジー属
生息地:アンゴラ, ブルンジ, カメルーン, 中央アフリカ共和国, コンゴ共和国, コンゴ民主共和国, コートジボワール, 赤道ギニア, ガボン, ガーナ, ギニア, ギニアビサウ, リベリア, マリ, ナイジェリア, ルワンダ, セネガル, シエラレオネ, 南スーダン, タンザニア, ウガンダ
保全状況:EN〈絶滅危惧ⅠB類〉
殺し、殺されて
穏やかなタイトルではありませんが、一つ一つ説明していきましょう。
チンパンジーは、サルの中でも肉好きであることで知られています。
肉の採食時間は全体の1~3%と低いものの、肉を前にすると彼らは声を荒らげて興奮します。
肉は植物のようにじっとしているわけではないので、当然狩りを行わなければなりません。
チンパンジーは、主にオスから成る数頭の集団で、コロブスなど小型の自分より小さい哺乳類、特にメスや子どもを狙って狩りを行います。
狩りの成功率は50~80%と言われており、哺乳類最強のハンター・リカオンに次いで非常に高いです。
ちなみにチンパンジーは、狩りの必要がない死肉はあまり食べないようです。
下の動画ではまさに狩りの様子を見ることができます。
閲覧注意ですが、興味のある方は是非ご覧ください。
チンパンジーはこの狩り以外にも殺戮を行います。
その対象は、同じチンパンジーです。
彼らは隣接する群れに対して異様に攻撃的です。
それは時に殺しを伴います。
殺しはなわばりの重複部分で、奇襲という形をとることが多いです。
狩りの時とほとんど同じ顔ぶれのオスの小集団は、月に数回なわばりの境界付近をパトロールします。
もしそこに隣接集団がいた場合、タイミングと自分たちが相手の頭数を確実に上回っている状況が合えば、オスたちはその集団に襲いかかり1頭ないし少数の個体を殺します。
そしてなわばりとメスという見返りを手に入れます。
この顕著な例がタンザニアのゴンべに暮らすカセケラコミュニティの例です。
カセケラコミュニティは大きくなりすぎたのか2つに分裂し、最終的にカセケラの他にカハマという新しい群れが生まれるに至りました。
しかしカセケラはカハマより大きかったため勢力は均衡せず、カセケラは次第にカハマのなわばりを奪っていきます。
そしてそれはとうとう殺しを伴い始め、1974~1977年にかけて、カハマのオスは全て殺されてしまいした。
その後、カハマのなわばりはカセケラに吸収されました。
カセケラに見られるような群れ間の対立では、子殺しも起きることが知られています。
このようにチンパンジーの群れ間の対立には残虐さが大いに含まれていますが、とんでもないことに、同じことは群れ内にも言えます。
オスたちが同じ群れの他のオスを襲い、時に殺してしまうのです。
群れ間に起きる殺しよりは稀であるものの、αオスや生意気な劣位個体が集団リンチにより殺された例があります。
また、オスは群れのメスをも襲います。これには必ずしも身体的暴力が伴うわけではなく、特に性的に活発な状態にあるメスが対象となることが多いようです。
さらに、群れ間の対立で見られた子殺しは、群れ内でも見られます。
子供はオスだけでなくメスによっても殺されることがあり、その解釈は未だ定まっていません。
テレビではチンパンジーの賢い様子ばかり取り上げられていますが、彼らには実はこんな顔もあるのです。
文化を持つサル
チンパンジーは、ヒトを除くサルの中で最も道具を使うサルです。
共通祖先から約100万年前に分岐したボノボでさえ、野生下における道具使用という点ではチンパンジーには全くかないません。
チンパンジーは、葉を使って水を飲んだり、小枝やツルでシロアリやアリを釣ったり、枝で木の洞に潜むガラゴを殺したりするだけでなく、2種類以上の道具を使うことができます。
例えば、シロアリ塚を掘ってシロアリを食べる際は、まず太くて長い枝でシロアリ塚に穴をあけた後で、細い枝でシロアリを釣ります。
また、ナッツを食べるときは、くぼみのある石や木の上に種子をおいて、別の石でその硬い殻をたたき割ります。
他にも蜂蜜を食べるときなども道具が使われ、その種類は3~5つに及ぶといいます。
ちなみに、道具使用の修得には何年もかかり、練習が必要ですが、メスの方が学習を始める時期が早く、修得するのも早いようです。
下の動画では、ナッツ割りやアリ釣りなど彼らの様々な道具使用を見ることができるので、是非ご覧ください。
このようにチンパンジーには多様な道具使用が見られますが、実はこれらには地域差があります。
例えば、ナッツ割りはチンパンジーの分布域の内、西にしか見られません。
また、広く見られる道具使用も地域によって微妙な違いがあります。
そしてこのような地域差が見られるものは、道具使用だけに限られません。
グルーミングや、葉のグルーミング、リーフ・クリッピング(下の動画参照)などがそうです。
葉のグルーミングとは、文字通り葉に丁寧にグルーミングすることで、グルーミングをしたい、もしくはされたいという欲求の現れだと考えられています。
リーフ・クリッピングとは、手と口を使ってちぎった葉で音を立てるというオスによる行為で、特定のメスへの求愛、性的欲求不満の表れであるとされています。
道具使用以外のこのような行為にも、地理的変異が見られます。
生態学的には説明できない文化といえる行動を、チンパンジーはいくつも持っているのです。
チンパンジーの生態
分類
チンパンジーに最も近縁なのはボノボです。
チンパンジー及びボノボの祖先と人間の祖先は、共通祖先からおよそ500万年前に分岐しています。
チンパンジーと人間では、ゲノムの98.8%が同じです。
生息地
チンパンジーは、セネガルからタンザニアまで、アフリカ大陸の東西にかけて広く生息しています。
熱帯雨林だけでなく、ウッドランドサバンナなどの乾燥地帯にも適応しており、地上性が非常に高いです。
チンパンジーは、ナックルウォークで地上を移動します。
寝るときは樹上にベッドを作って寝ます。
食性
チンパンジーは昼行性で、主に果実を食べます。
その他、葉や種子、花、樹皮、昆虫、肉、蜂蜜なども食べます。
彼らの摂取する植物の種類は100種を超えますが、中でも熟した果実への執着が強いです。
形態
体長は60~95㎝、体重はオスが34~70㎏、メスが26~50㎏でオスの方が大きくなります。
しっぽはゴリラなど他の類人猿と同じくありません。また、目の上の盛り上がりは眉弓(びきゅう)といいます。
行動
チンパンジーは、30頭前後、多い時には100頭以上にもなる複雄複雌の群れを作ります。
群れの頂点にはαオスが君臨しますが、複数いることや不在であることもあります。
この群れは離合集散し、普段は数頭から成るパーティーと呼ばれる小集団で行動します。
また、この群れはオスが生まれた群れに留まり、メスが離れる父系社会です。
そのため、オスの方がより社交的です。
しかし、必ずしもオス間に血縁があるわけではないようです。
コミュニケーションには音声や表情、グルーミングなどが用いられます。
特に音声は多様で、1キロ以上でも届くという長距離コールのパントフートや果実のなる木にたどり着いた時に発せられるフードコール、危険な状況を知らせるアラームコール、劣位の個体による優位の個体への服従的挨拶であるパントグラントなどがあります。
繁殖
チンパンジーは1年中繁殖できます。
メスは排卵前後10日間に性皮を腫脹させ、オスと乱交的に交尾します。
オスはメスに交尾を強要したり、なわばりの周辺部分に連れ出し駆け落ちを試みたりしますが、必ず成功するとは限らないようです。
メスは、230日前後の妊娠期間の後、1匹の赤ちゃんを産みます。
赤ちゃんは、ほとんど母親によって世話され、3~4歳で離乳します。
性成熟には、メスは10~13歳で、オスは12~15歳で達します。
メスは11歳前後で最初の性皮腫脹を経験し、その1,2年後に群れを離れます。
性的休止期間は2.5~5.5年で、メスは死ぬまで子供を産み続けます。
寿命は50年前後で、飼育下での最長寿命は66年です。
人間とチンパンジー
絶滅リスク・保全
チンパンジーは、狩猟や生息地の減少により、個体数を減らし続けています。
類人猿の肉は価値が高く、パリやニューヨークにも市場があります。
そのため、類人猿の狩猟や取引は禁じられていますが、金儲けのための密猟、密輸が後を耐えません。
また、森林の破壊も壊滅的です。
西アフリカではこれまで、8割以上の森林が失われていると言います。
これらチンパンジーにとっての脅威は相互に関連しています。
類人猿の肉はアフリカの人々に重宝されているため、森林の中に道ができれば、類人猿はまっさきに狩猟の対象になってしまいます。
また、林業従事者や鉱山労働者は、時に食料を自前で賄うことを指示されます。
チンパンジーはこのような人々の食料となることがあります。
チンパンジーの生息数は30万頭以下と推定されており、レッドリストでは絶滅危惧ⅠB類に指定されています。
もちろん、チンパンジーを保全しようという活動もあります。
中でも、チンパンジー研究には、その地域のチンパンジーを研究対象とすることで、彼らが守られているという側面もあります。
また、研究者による分断された森林を繋ぐといった活動もあるようです。
動物園
そんなチンパンジーですが、全国各地の動物園で会うことができます。
お近くの動物園でもきっと会えると思うので、是非足を運んでみてください。
豆知識
最後におまけとしてチンパンジーの学名についての豆知識を紹介しましょう。
チンパンジーの属名“pan”はギリシャ神話に登場する半獣半人の神「パン(パーン)」、種小名“troglodytes”は「穴居人(けっきょにん)」や「原始人」を意味するギリシャ語に由来します。
穴居人とは、自ら掘った穴や自然にある洞窟などの穴などに暮らす人たちのことです。
実際に乾季には気温40℃を超えるセネガルのフォンゴリには、洞窟で眠るチンパンジーがいます。
しかし、この種小名をつけたドイツの博物学者フリードリヒ・ブルーメンバッハは、その理由を明らかにしていません。
しかもそれは1776年の事。
チンパンジーのことはまだよく分かっていなかったことでしょう。
もしかしたら、彼はチンパンジーの姿にかつての人間の姿を思わずにはいられなかったのかもしれません。