ラッコの基本情報
英名:Sea Otter
学名:Enhydra lutris
分類:食肉目 イタチ科 ラッコ属
生息地: 北太平洋、カナダ、アメリカ合衆国、ロシア、日本、メキシコ
保全状況: EN〈絶滅危惧IB類〉
参考文献
最高品質の毛
海で暮らす哺乳類を海棲哺乳類と言いますが、ラッコはその海生哺乳類の1種です。
海と陸とで最も違うことの一つとして、熱の奪われる度合いが挙げられます。
水は空気の25倍の熱伝導率があります。また、1gを1度上げるのに必要なエネルギー、比熱は、水が空気の4倍になります。
つまり、水中の方が陸上よりも圧倒的に熱が奪われるのです。
同じ35度でも、気温がそうであれば酷暑であるのに対し、それがお風呂の温度であれば冷たく感じるのは、我々が日常的に感じている空気と水の熱を奪う力の差のいい例でしょう。
ところで、哺乳類は体温を維持する恒温動物です。
そんな哺乳類が水中で暮らすとなると、熱をどう奪われないようにするかが生きる上でのキーポイントとなってきます。
クジラやイルカなどの鯨類、セイウチなど多くの鰭脚類、ジュゴンやマナティーといった海牛類は、分厚い脂肪でそれに対処しています。
脂肪は熱伝導率が低く、さらに栄養貯蔵を兼ねることができる優れものです。
この皮下脂肪は脂皮と呼ばれ、セミクジラでは25㎝にもなります。
一方、ラッコには皮脂はほとんどなく、代わりに被毛で断熱します。
3㎝ほどの上毛の下には、約2㎝の下毛がびっしり生えており、そこに空気を含ませることで保温効果が得られます。
ラッコの毛の密度は哺乳類随一で、多い所では1㎝四方に15万本以上も毛が生えています。
人間の髪の毛の総数がそれくらいなので、ラッコがどれだけの被毛を持っているかが分かります。
これだけの被毛なので、当然お手入れが欠かせません。
毛についた汚れを手で取ったり、海水で洗ったり、毛の間に息を送り込んだりと、ラッコは活動時間の3割を毛のメンテナンスに費やします。
しかし、そのメンテナンスが機能しない場合があります。
1989年、アラスカのプリンス・ウィリアム湾にて原油タンカー、エクソン・バルディーズ号の座礁により流出した、26万バレルもの原油は、そこに棲むラッコの被毛の間に入り込み、彼らを低体温症で死に追いやりました。
この事故で約5,000頭のラッコが死亡したと言われています。
この他、ラッコが上質な被毛を持ったあまりに、その生存が脅かされた過去があります。彼らの被毛はその上質さのあまり人間の垂涎の的になってしまったのです。
毛皮を求めて人間がラッコを乱獲した結果、それまで推定15万~30万だったラッコの個体数が、20世紀初頭には約2,000頭にまで減ったと言われています。
海で暮らすために選ばれた上質な被毛によって、これほどの危機にあってしまったラッコを不運だと思うと同時に、彼らを危機に追いやった人間の傲慢さを思います。
カスケード効果
ラッコが生息する沿岸域では、コンブなどの海藻が水中に森林を作っています。
コンブはラッコが体に巻き付けて漂流を防ぐのに役立っているだけでなく、魚類や甲殻類など他の生物にも住みかを提供しています。
そんなコンブの天敵はウニです。
しかし、そのウニはラッコの好物でもあるので、沿岸域ではラッコがウニを食べることでコンブを守るという関係が長らく構築されていました。
ラッコがウニを介してコンブの繁栄に間接的に影響するといったようなことを、間接相互作用と言います。
そして、ラッコのようにその存在がコンブやそこに棲む生物など多様な生物群集の存在に影響するような種を、キーストーン種と言います。
では、ラッコがいなくなるとどうなるのでしょうか。
先述のように、ラッコは乱獲の犠牲となり激減した過去がありますが、実際にそういった地域ではウニがコンブを食べ荒らし、コンブが作る生態系が破壊されてしまいました。
その後、保護活動が始まりラッコの個体数が増えると、コンブは増え、元の生態系が取り戻されました。
しかし、20世紀後半、アリューシャン列島では再びラッコが減少し、コンブが激減してします。
ラッコ-ウニ-コンブという関係に新たなアクターが追加されたのです。
現在、このラッコ減少の理由は、シャチによる捕食であると言われています。
シャチが突然ラッコを捕食するようになったのは、シャチの従来の獲物であったトドなどの鰭脚類が、乱獲や海水温上昇によりエサとなる魚の減少の影響で減少したためであると推測されています。
つまり、シャチ-トド-魚という関係のバランスが崩れ、その最も高次に位置するシャチが、新たにラッコ-ウニ-コンブの最も上位に入り込んだのです。
ところで、ラッコ-ウニ-コンブという関係において、コンブは生産者、ウニは一次消費者、ラッコは二次消費者ということができます。
これらそれぞれの段階は栄養段階と言われます。
そこに高次消費者としてシャチが入り込み、最終的にコンブが減少したわけですが、ある栄養段階同士の捕食-被食関係が、他のそれに次々影響を与えていくことをカスケード効果と言います。
コンブの減少の発端はシャチにあったわけですが、それを突き詰めてくと原因が人間にあると推測されていることは注目されるべきでしょう。
ラッコの生態
名前
ラッコという言葉はアイヌ語に由来します。英名は「海のカワウソ」を意味します。
学名について、属名のEnhydraは古代ギリシャ語由来で、Enがin、hydraがwaterを、つまり「水中に」を意味し、種小名のlutrisはラテン語で「カワウソ」を意味します。
分類
ラッコはアフリカ・ユーラシア系のカワウソとの共通祖先から約530万年前に分岐したと考えられています。
現在、カリフォルニアラッコ、アラスカラッコ、アジアラッコ(チシマラッコ)の3亜種が知られています。
生息地
アジアラッコが千島列島からカムチャツカ半島にかけて、アラスカラッコがアリューシャン列島からワシントン州にかけて、カリフォルニアラッコがカリフォルニア州に生息します。
寒冷で浅い沿岸域で暮らし、風や波の影響を受けにくい、入り組んだ海岸や入江を好みます。
形態
体長はオスが1.2~1.5m、メスが1~1.4m、体重はオスが22~45㎏、メスが15~33㎏になり、イタチ科では最重量級、また、海棲哺乳類では最小となります。
後肢は鰭状になっており、前肢にはイタチ科で唯一出し入れ可能なかぎ爪を持ちます。
ラッコはせいぜい100mまでしか潜水しません。
イタチにはイイズナやオコジョなど季節によって換毛する種がいますが、ラッコの場合は我々の髪の毛のように、年間を通じてゆっくりと生え変わります。
彼らの被毛は空気が水圧で圧縮されるため、水深が深い所ではその断熱効果を発揮しません。
食性
ラッコの標準代謝率は同じ大きさの哺乳類と比べると2~3倍あるため、日に体重の2~3割の量を食べる必要があります。
昼もしくは薄明薄暮時に採餌を行い、主食はウニや甲殻類、貝類で、他に魚類やタコ、イカ、ナマコ、ヒトデ、フジツボなども食べます。
採餌はほとんどが水深30m以内、岸から1㎞以内で行われます。
捕食者にはオオカミやコヨーテ、ヒグマ、シャチ、ホホジロザメ、ハクトウワシなどが知られています。
行動
ラッコは最も深くて100mまで、最長6分以上潜水可能です。
ただ、通常は5~35m、1~2分の範囲で潜水します。
ラッコは道具を使う珍しい哺乳類です。
エサをおなかに置いた石や岸辺の岩などにぶつけます。
また、エサをおなかに置いたり、おなかと手に持った石でエサを挟んだりして貝を壊すこともあります。
お気に入りの石は脇のたるんだ皮膚にしまいます。
また、休息時は流されないようにコンブを体に巻き付けたり、仲間同士で手を握り合ったり、岩礁に上がることもあります。
社会
ラッコは雌雄別にラフトと呼ばれる集団を作ります。
数十~数百頭規模になる場合もあります。
なわばりを作るのはオスだけで、メスの生息域に重なるように作ります。
オス同士のなわばりは重複せず、オス同士の遭遇が物理的闘争に発展することは稀です。
生涯にわたる行動圏はメスよりオスの方が広いです。
繁殖
鰭脚類と異なり、ラッコには繁殖期がありません。
出産間隔は1~2年で、妊娠期間は6~7カ月。
その内、着床遅延は2~3カ月と言われています。
双子が生まれる確率は約2%で、通常は一頭の赤ちゃんが体重1.4~2.3㎏で産まれます。
育児は母親のみが行います。
生後2カ月から潜水するようになり、6カ月齢で離乳します。
8カ月齢ごろまでには独り立ちし、約1歳で大人と同じ大きさになります。
性成熟はオスが5~6歳、メスが3~4歳ですが、実際の繁殖はその数年後です。
寿命はオスが10~15年、メスが15~20年です。
人間とラッコ
絶滅リスク・保全
前述の通り、18世紀後半から20世紀初頭にかけて、乱獲によりラッコは個体数を減少させました。
しかし1911年、日本、アメリカ、ロシア、イギリスによるオットセイ保護条約が結ばれたのを契機に、次第に個体数は回復していきます。
ただ、シャチによる捕食や石油タンカーの座礁などの影響もあり依然としてラッコは危機的状況にあると考えられています。
特に地球温暖化は有害なシアノバクテリアなどの藻類の異常発生や海洋の酸性化、脱酸素化などを引き起こし、ラッコに直接、またはエサを介して間接的に影響すると言われています。
現在、ラッコはIUCNのレッドリストでは絶滅危惧ⅠB類に指定されています。
ちなみに、日本では臘虎膃肭獣猟獲取締法が1912年に公布されており、ラッコやオットセイの猟獲、所持を禁止する法律として現在も有効です。
動物園
ラッコはその人気から一時期は28施設で飼育されていましたが、現在は福岡県のマリンワールド海の中道、兵庫県の須磨海浜水族館、三重県の鳥羽水族館の3施設だけが飼育・展示しています。