ザトウクジラの基本情報
英名:Humpback Whale
学名:Megaptera novaeangliae
分類:鯨偶蹄目 ナガスクジラ科 ザトウクジラ属
生息地:全世界の海
保全状況:EN〈絶滅危惧ⅠB類〉
参考文献
歌
視界の悪い海中では、音が重要な情報となります。
音の伝達速度や距離は、水中では空気中の数倍になるため、この点でも音は重要です。
海で暮らす鯨類は様々な鳴音を持ちます。
鯨類は大きくハクジラとヒゲクジラに分けられますが、例えばハクジラ類はクリックスと呼ばれる鳴音でエサの位置などを特定します。
これをエコロケーションといいます。
一方、ヒゲクジラはエコロケーションは行いませんが、中には鳴音を組み合わせ、歌を歌う種がいます。
その種の一つがザトウクジラです。
特にザトウクジラはヒゲクジラの中でも複雑な歌を歌う種として知られています。
ザトウクジラの歌は階層的です。
音の最小単位はユニットと呼ばれ、それがサブフレーズ、フレーズを構成し、それらがテーマを作ります。
このテーマがいくつか集まり歌(ソング)を生み出すのです。
面白いことに、このソングはオスだけが歌います。
そのため、ソングは繁殖にかかわるものであると考えられています。
ザトウクジラは、夏は寒冷でエサが豊富な採餌海域で暮らしていますが、冬になると何千㎞も離れた温暖な海域に回遊し、そこで繁殖します。
ソングは繁殖海域に回遊する前の採餌海域ですでに始まっているようです。
まだ見ぬメスを惹きつけるべく、すでにオスたちの競争は始まっているのかもしれません。
この歌ですが、同じ海域のオスたちは同じような歌を歌うことで知られています。
そして翌年には前とは大きく変化した歌が歌われます。
どこからともなく歌われた歌は、どのようにしてか他のオスたちにも伝播し、歌われるようになるのです。
この流行は北半球では西から東に伝わることがわかっています。
ちなみに、先ほどヒゲクジラはエコロケーションを行わないといいましたが、ザトウクジラはメガプクリックスと呼ばれる鳴音を発しており、簡単なエコロケーションを行っている可能性があります。
ザトウクジラは胸びれや尾びれで水面をたたいたり、ジャンプして体を水面にたたきつけるブリーチングをしたりと、ヒゲクジラの中でもダイナミックでアクロバティックなクジラですが、よく声を出すクジラでもあるようです。
ザトウクジラの生態
名前
和名のザトウは、ザトウクジラの背中の丸みが、座頭、つまり中世日本の盲人音楽家である琵琶法師が琵琶を背負った姿に似ていることに由来しています。
英名のHumpはコブ、backは背中を表します。
学名は属名も種小名もどちらも長い翼を意味し、ザトウクジラの長い胸鰭を指しています。
生息地
ザトウクジラは全海洋に生息しています。
特に沿岸域で見られることが多いですが、沖合にも生息します。
形態
体長は11.5~15m、体重は25~30tで、一般的にメスの方がオスよりも大きくなります。
胸鰭は鯨類の中でも非常に長く、体長の3分の1にも及びます。
喉には14~35本の畝があり、口には270~400枚のひげ板が左右に生えています。
頭部前方にはコブが複数あり、それぞれに感覚毛を有しています。
食性
ザトウクジラは、成体のオキアミや、ニシン、カペリン、サバ、アンチョビなどの魚類、甲殻類、イカなどを食べます。
ザトウクジラは噴気孔から泡を出しながら円を描いて泡の中に魚を閉じこめ、集まった魚を一気に飲み込むという食べ方をすることがあります。
これはバブルネットフィーディングと呼ばれ、ザトウクジラにしか見られません。
彼らは一度に50tもの海水を取り込み、それを吐き出した後にひげ板に残る餌生物を食べます。
捕食者はほとんどいませんが、特に子供はシャチに捕食されることがあります。
行動・社会
ザトウクジラは単独か3頭までの小さな集団で普段生活しますが、エサの多い場所や繁殖時には20頭ほどが集まる場合もあります。
ザトウクジラは季節回遊を行いますが、自分の生まれた繁殖場や母親に教わった採餌場に忠実で、毎年同じ場所に現れることが多いです。
ザトウクジラは他の動物をシャチから守る姿がたびたび目撃されています。
コククジラの子どもやアザラシ、マンボウなどを守った例があり、報告数はこれまで100以上もあります。
その理由はあまりよくわかっていません。
繁殖
ザトウクジラは冬になると海面温度が21~28度の低緯度地域に移動し、繁殖を行います。
オスもメスも複数の異性と交尾する乱婚型で、メスは2~3年に1度出産します。
メスの妊娠期間は11.5ヵ月ほどで、1~2t、4~5mの赤ちゃんが一頭生まれます。
子育ては母親の役割ですが、子連れの母親の周りに複数のオスが寄り添い、歌を歌いながら母子を守るような行動をすることがあります。
このようなオスはエスコートと呼ばれ、母親との交尾のチャンスが来るのを伺っていると考えられています。
赤ちゃんは出生後最初に回遊する採餌海域で離乳し、4~8年で性成熟に達します。
寿命は60~70年と言われています。
人間とザトウクジラ
絶滅リスク・保全
ザトウクジラは捕鯨により数を減らした過去があります。
その始まりは16世紀で、19世紀末に近代捕鯨術が確立されて以降、多くのザトウクジラが捕獲されます。
20世紀には25万頭以上が捕獲されたと言われています。
個体数を激減させたザトウクジラはIUCNのレッドリストにおいて絶滅危惧ⅠB類に指定されています。
ただ、近年では個体数の増加が確認されており、かつて捕鯨が特に活発だった南半球の、例えば南極とオーストラリア沿岸を回遊するザトウクジラでは、1960年代数百頭にまで落ち込んだ個体数が今では数万頭にまで回復しているといいます。
動物園
ザトウクジラは世界のどこでも飼育されていません。
ただ、日本近海では野生個体を見ることができます。
オホーツク海やベーリング海を採餌海域とすると考えられている西部北太平洋の個体群は、慶良間諸島や小笠原諸島を繁殖海域としています。
また、東京湾に迷い込んでしまうこともあるようです。