アメリカクロクマの基本情報
英名:American Black Bear
学名:Ursus americanus
分類: 食肉目クマ科クマ属
生息地: カナダ,アメリカ合衆国,メキシコ
保全状況: LC〈軽度懸念〉
参考文献
最も多いクマ
アメリカクロクマは、最も広い分布域を持つヒグマと比べると、その分布域は狭く、北米に限られますが、クマの中でも最も多い個体数を誇ります。
個体数はカナダとアメリカ合衆国のものを合わせると85~95万頭と推測されており、これは他のクマ科動物の個体数を足し合わせて2倍しても及ばない数字です。
現在、IUCNのレッドリストにおいて絶滅危惧種に指定されていないクマ科動物は、彼らとヒグマだけ。
さらにアメリカクロクマは目下、個体数が増加中です。
なぜ彼らはこれほどまでに繁栄しているのでしょうか。
理由の一つは彼らの生態にあります。
アメリカクロクマはカナダの亜北極圏からフロリダやメキシコの亜熱帯圏まで、様々な森林環境に生息することができます。
また、彼らは雑食であるため、多様なものを食べることができます。
人が住むところに現れ、ごみ箱をあさることもあります。
これに加え、アメリカクロクマはクマ科動物の中で最も繁殖力が強いと言われています。
メスは1年おきに妊娠することができ、食料が豊富であれば5頭もの赤ちゃんを産むことができます。
ただ、このような生態は彼らと最も近縁であるツキノワグマ(アジアクロクマ)とよく似ています。
しかし、ツキノワグマは絶滅危惧Ⅱ類に指定されており、絶滅が懸念されています。
これだけではアメリカクロクマ繁栄の理由にはなりません。
もう一つ、重要な理由が人間との関係です。
ヨーロッパ人の北米への入植以後、その肉や毛皮、脂を目的として、人々によって多くのアメリカクロクマが殺されます。
この状況を危惧して、1900年代に入るとアメリカでは次々と保護政策が打ち出され、アメリカクロクマの個体数は多くの地域で回復します。
ただ、この保護の目的は人道的なものではなく、スポーツハンティングでした。
つまり、ゲーム的な狩りの対象として守るために、アメリカクロクマは保護されたのです。
これを主導したのは、1901~09年の間、アメリカ大統領を務めたセオドア・ルーズベルト、愛称テディ。
後にテディベアの名前の由来となる人物です。
映画『ナイトミュージアム』にも登場する、いかにも狩人の姿をした彼は、肉体的・精神的な力強さ、すなわち男らしさの回復という使命を胸に、自ら狩りに没頭するだけでなく、大統領として様々な環境保護改革を実行します。
例えば森林局を創設し、森林の管理を任せたり、5つの国立公園に4つの禁猟区、50以上の鳥類保護区を設けたりします。
こうした時代背景もあり、結果的にアメリカクロクマは個体数を回復させたのです。
スポーツハンティングは今でも存在しており、行き届いた管理のもと年間4万~5万頭のアメリカクロクマが狩猟されています。
生息地である森林の破壊や、漢方に使用される胆のうなど、体の一部を目的とした狩猟に苦しむツキノワグマと比較して、アメリカクロクマは人間による保護と管理のもと、その個体数を増やしているのでした。
ところで、アメリカクロクマはある有名な物語に深く関わっています。
はちみつ大好きプーさんです。「クマのプーさん(原題:ウィニー・ザ・プー)」は作者の息子であるクリストファー・ロビンが大事にしていたクマのぬいぐるみ「ウィニー」を題材にした作品ですが、このウィニーという名前は当時ロンドン動物園で飼育されていたアメリカクロクマの「ウィニペグ(愛称ウィニー)」に由来します。
カナダ軍部隊のマスコットであったウィニペグは、第一次世界大戦時、部隊とともにヨーロッパへ渡り、戦地に赴く前に中尉によってロンドン動物園に預けられます。
そこでウィニペグに魅了されたのが、クリストファー・ロビンだったのです。
アメリカクロクマは文化的にも繫栄した動物かもしれません。
アメリカクロクマの生態
分類
アメリカクロクマはツキノワグマと約400万年前に分岐したとされています。
16亜種が知られていますが、科学的根拠が必ずしも強固ではありません。
生息地
アメリカクロクマは、標高3,500mまでの温帯林や北方林などに生息します。
カナダのジェームズ湾ではホッキョクグマと、また、分布域の広い地域でヒグマと同署的に生息しています。
地上でも樹上でも生活し、木登りが得意で泳ぐこともできます。
形態
体長はオスが1.4~2m、メスが1.2~1.6m、体重はオスが50~250㎏、メスが40~170㎏、尾長は8~14㎝で、性的二型が顕著です。
体色は黒だけでなく多様です。
アラスカの青みがかったグレーの個体は「グレイシャー・ベア(氷河グマ)、北米西部の茶色の個体は「シナモンベア」と呼ばれています。
また、カナダのブリティッシュコロンビア州で先住民族から「スピリット・ベア(精霊グマ)」や「ゴーストベア(幽霊グマ)」と呼ばれる白色個体は、400~1,000頭存在し、劣性遺伝で子に伝わります。
アルビノも存在します。
食性
アメリカクロクマは、雑食性ですが、食べるものの9割以上が植物質です。
猟犬の7倍もあるという嗅覚でエサを探します。
一般的に春に草本類、夏に果実や昆虫、秋にどんぐりなど硬い実を食べます。
このほか、魚類や甲殻類、家畜などの哺乳類も食べます。
ヘラジカやエルク、オジロジカなどの死肉も食べますが自ら狩りをすることは稀です。
特に子供にとっての捕食者には、オオカミやヒグマ、ピューマが知られています。
共食いや子殺しも見られます。
行動・社会
アメリカクロクマは薄明薄暮性ですが、特に人がいるところや農地、ヒグマがいるところでは夜行性の傾向があります。
通常単独性ですが、エサが豊富な場所では複数が集まる場合があります。
アメリカクロクマはオスもメスも冬眠をします。
通常10月~翌年5月の7ヵ月間、飲まず食わずで木の洞や木の根っこ付近に作った巣穴で過ごします。
妊娠したメスは冬眠中に出産、育児を行います。
南方の個体は冬眠期間が3ヵ月と短く、エサが一年中豊富にあるような地域では、冬眠は見られません。
繁殖
アメリカクロクマは5月~6月にかけて交尾します。
その後メスは冬眠に入り、1月~2月に出産します。
見かけ上の妊娠期間は約7ヵ月ですが、着床遅延があるため実質の妊娠期間は約2ヵ月になります。
赤ちゃんは通常2~3頭生まれます。
エサが豊富な北米東部では5頭生まれる場合もあります。
一方、3歳までの経験の少ないメスや、北米西部のメスは1頭のみ出産する場合が多いようです。
赤ちゃんは200~450gと未熟な状態で生まれますが、巣穴を出るころまでには約5㎏にまで成長します。
離乳は生後6~8ヵ月、1歳半ごろに独立します。
北米西部より東部のほうが、成長速度が速いようです。
独立後もメスが母親の近くで生活する一方、オスは数㎞~数百㎞分散します。
性成熟はオスが3~4歳、メスが2~9歳ですが、オスは12歳ごろまで体重が増え続けます。
野生化では最大30歳まで生きることができます。
人間とアメリカクロクマ
絶滅リスク・保全
アメリカクロクマはIUCNのレッドリストで軽度懸念の評価を与えられており、絶滅リスクは低いです。
ただ、ロードキルは地域的な脅威になる場合があります。
また、メキシコでは彼らは絶滅危惧種扱いされており、狩猟は認められていません。
アメリカクロクマはCITES附属書Ⅱに記載されています。
狩猟が合法であることを証明するために書類が必要ですが、これはどちらかというとツキノワグマのような狩猟が違法とされている種でないことの証明という意味合いが強いようです。
動物園
アメリカクロクマは日本の動物園でも飼育されています。
兵庫県の神戸どうぶつ王国、山口県の秋吉台自然動物公園サファリランド、大分県の九州自然動物公園アフリカンサファリがアメリカクロクマを飼育しています。
日本にはツキノワグマが野生でも飼育下でも存在しますが、ぜひアジアのクロクマとの違いに注目してみてください。