タテゴトアザラシの基本情報
英名:Harp Seal
学名:Pagophilus groenlandicus
分類:食肉目 アザラシ科 タテゴトアザラシ属
生息地:ヨーロッパ、カナダ、グリーンランド、アイスランド、ノルウェー、ロシア
保全状況:LC〈軽度懸念〉

参考文献
短い育児期間
その特徴的な模様がハープなどの竪琴に似ていることからその名がつけられたタテゴトアザラシ。
実は彼らは真っ白い毛皮で生まれてきます。
ホワイトコートと呼ばれる白い毛皮は生後数週間で生え変わり、斑模様が現れます。
この状態の個体は“ビーター(beater)”と呼ばれます。
その後、彼らは毎年換毛することになりますが、生まれた次の年の換毛時には斑模様が大きくなり“ベッドレイマー(bedlamer)”と呼ばれます。
そして、性成熟を迎えるころにはこの模様がつながり、名前にある竪琴のような模様になっていくのです。
このように彼らは他のアザラシとは簡単に識別できますが、生態においても大きな特徴があります。
例えば、多くのアザラシが年中単独で生活するのに対し、彼らは群集性のアザラシです。
繁殖期、換毛期には数千頭以上が流氷上に集まることもあります。
繁殖期に群れを作るという習性は、ゾウアザラシやアシカ類によく似ています。
しかし、ゾウアザラシやアシカが、一頭のオスが多くのメスと交尾するという明らかな一夫多妻制の配偶システムを持つのに対し、タテゴトアザラシの配偶システムは一夫一妻、一夫多妻、多夫多妻などと様々記述され、よくわかっていません。
メスをめぐるオスの物理的闘争はありますが、ゾウアザラシやアシカと比べると程度の小ささは明白です。
これはゾウアザラシやアシカの雌雄の体サイズに大きな違いがある一方、タテゴトアザラシの場合はほとんどないことからも予想できます。


育児についても特筆すべきことがあります。
アシカが約1年、長いと3年近く子を育てるのに対し、アザラシ類ではおおよそ1ヵ月しか育児をしません。
そんな中、タテゴトアザラシの場合は特に短く、約12日。
生まれてきた赤ちゃんは、約半分を脂肪が占める高エネルギーの母乳を飲み、1日に2.2㎏ずつ体重を増やし、35㎏ほどになったときに独り立ちをします。
独立した子供は、離乳しても最大6週間は氷上で過ごし、換毛を終え、一人で泳ぐ練習をします。
当然この間は飲まず食わずなので、彼らの体重は離乳時の半分になってしまいます。
育児期間中、母親は絶食して付きっきりで子を育てるアザラシが多いですが、タテゴトアザラシの母親は、短い育児期間中でもなお、子供から離れて長い時間を水中ですごします。
そして定期的に氷上に現れては、音声とにおいで我が子を確認し、授乳するのです。
タテゴトアザラシはこれまで何千万という数が狩猟されてきましたが、それでも北半球のアザラシでは最多となる個体数を誇ります。
現在も個体数を増やし続けている彼らの栄華を支えるのは、こうした繁殖上の特性にもあるかもしれません。


タテゴトアザラシの生態
生息地
北はロシアのフラン・ヨシフ諸島、スバールバル諸島から、南はカナダのセーブル島やメイン湾まで、北大西洋およびそれに連なる北極海に生息します。
北大西洋、グリーンランド東海域、バレンツ海および白海の3つの個体群が知られていますが、詳細は不明なものの最近グリーンランド南部で繁殖する個体群が見つかっています。
放浪個体がデンマークやフィンランド、ドイツ、フランス、スペイン、イギリス、アメリカ合衆国近海に現れることがあります。
形態
体長は1.8~1.9m、体重は120~130㎏で、体サイズにおける性差はほとんどありませんが、オスの方が模様がはっきりしており、頭がより黒い傾向にあります。
前肢には後肢よりもたくましい爪が生えています。
換毛は繁殖期が終わった4月から5月にかけて見られます。

食性
大陸棚上に生息する130種以上の魚類や甲殻類を食べます。
幼獣がオキアミ類や端脚類を多く食べるのに対し、大人はシシャモやニシン、イカナゴ、タラなどの群集性の魚類をよく食べます。
特に夏と冬によく食べます。捕食者にはホッキョクグマやシャチ、ニシオンデンザメが知られています。
特にスバールバル諸島ではホッキョクグマの食べるものの約13%をタテゴトアザラシが占めており、重要な餌生物となっています。


行動・社会
タテゴトアザラシは回遊性です。
流氷に合わせて夏には北上し、繁殖期には生まれた場所に戻ります。
回遊の距離は5,000㎞にもなります。
この回遊や採餌も集団で行います。
潜水は通常100m以内であることが多いですが、特に冬の日中には深いところまで泳ぎ、400mに到達することもあります。
また、最長で16分間潜水することもできます。
繁殖
出産は2月の終わりごろから4月にかけて行われます。
メスは3~4ヵ月の着床遅延を含む11.5ヵ月の妊娠期間の後、約90㎝、約11㎏の赤ちゃんを一頭、氷上に産みます。
母親は子の離乳後、周囲で待機するオスと交尾します。
性成熟には4~8歳で達します。
オスが実際に繁殖できるのはメスよりも遅くなります。
寿命は最大で30年ほどです。

人間とタテゴトアザラシ
絶滅リスク・保全
原住民により何千年も前から狩猟されてきたタテゴトアザラシですが、特に北西大西洋では大量に狩猟されてきました。
19世紀には最大で年間70万頭を超える数が油のために狩猟されています。
20世紀にはいると主に毛皮目的で狩猟されるようになり、1960年代には年間30万頭近い数が狩猟されました。
こうした狩猟は他の海域でも見られ、過剰な狩猟を主な理由としてバルト海の個体群は絶滅しています。
その後、北西大西洋では狩猟が規制され、個体数は1970年代には180万頭だったのが、現在では750万頭にまで回復しています。
このような狩猟は現在でも行われており、カナダでは年間40万頭の捕獲枠が設けられています。
ただ、実際の捕獲数はその半分程度のようです。
脅威となりえるものとしては狩猟の他に、地球温暖化が挙げられます。
地球温暖化は彼らの住処となる海氷だけでなく、餌生物にも影響します。
また、漁業による過剰な収穫も餌生物に影響します。
これに加え、DDTやPCBsなどによる汚染や、アザラシジステンパーウイルスなどによる感染症の影響も懸念されています。
さらに、原油の流出も脅威となる可能性があります。
特に彼らの夏の生活場があるランカスター海峡ではタンカーの交通量が多く、その影響が危惧されています。
1969年にカナダのニューブランズウィック州沿岸で起きた原油流出事故では、1~1.5万頭のタテゴトアザラシが被害にあい、特に幼獣が多く死んだようです。
現在、タテゴトアザラシの全個体数は900万頭以上と見積もられており、毎年120万頭の赤ちゃんが生まれていると推測されています。
個体数の内訳は北西大西洋で750万、グリーンランド東海域で約63万、バレンツ海および白海では140万頭となります。
IUCNのレッドリストでは軽度懸念の評価です。

動物園
日本ではタテゴトアザラシに会うことはできません。
