レッサーパンダの基本情報
英名:Red Panda
学名:Ailurus fulgens
分類:レッサーパンダ科 レッサーパンダ属
生息地:ブータン、中国、インド、ミャンマー、ネパール
保全状況:EN〈絶滅危惧ⅠB類〉
参考文献
元パンダ
1825年、ある動物が西洋世界に紹介されます。
この動物はパリの国立自然史博物館の植物園附属動物園で飼育責任者を務めていたフレデリック・キュヴィエにより新たに設けられたパンダ科に分類され、“Ailurus fulgens(炎色のネコ)”と名付けられます。
この動物が今でいうレッサーパンダです。
レッサーパンダは、当初よりその分類学上の位置づけが不安定でした。
パンダ科という新たな分類群に位置付けられたものの、アライグマ科やクマ科に分類するべきとの意見もありました。
しかし、分子研究の発展により、レッサーパンダはアライグマやクマとは違う独自の道を歩いてきたとみられており、今では彼らだけが属するレッサーパンダ科に分類されています。
さて、彼らが人類の歴史に登場して以来、約半世紀の間、単に「パンダ」と言うとこのレッサーパンダを指しました。
しかし、皆さんもご存知の通り、今の時代、「パンダ」という言葉が指す動物はレッサーパンダではありません。
そう、ジャイアントパンダです。
1869年、宣教師によって西洋世界に紹介されて以来、動物園やテレビで人気者になり、動物保全の象徴とされるなどして世界的に有名になっていったジャイアントパンダが、レッサーパンダを押しのけて新たに「パンダ」となったのです。
ところで現在、レッサーパンダはレッサーパンダ科、ジャイアントパンダはクマ科に分類されていますが、違う分類群に属する両者がなぜどちらもパンダという名前を持っているのでしょう。
実はここにも分類上の論争が関係しています。
動物学者のアルフォンス・ミヌル=エドワールがジャイアントパンダ(この時点では当然まだ名づけられていない)を初めて科学的に記載するとき、頭骨の構造や歯の並び方、足の裏に毛が生えている点など当時のパンダ、つまりレッサーパンダとの類似性を指摘し、ジャイアントパンダを「パンダの足」という意味の“Ailuropoda”という新しい属に帰属させるべきだとしました。
こうしてレッサーパンダとジャイアントパンダが近縁であるとされたことにより、パンダが2種存在することになりました。
そして、両者を区別するためにレッサーパンダ(より小さいパンダ)、ジャイアントパンダ(大きなパンダ)と今のような名称になっていったのです。
しかし、ジャイアントパンダを西洋に紹介した宣教師ダヴィドが「白黒のクマ」と表現したように、ジャイアントパンダをレッサーパンダではなくクマのなかまとする意見もありました。
分子研究が発展した現在、軍配はこちらに上がっており、ジャイアントパンダはクマ科の動物とされています。
とはいえ、すでに知れ渡った名前を変えるわけにもいかず、現在も彼らはパンダと呼ばれ、属名も“Ailuropoda”のままです。
結果的に近縁ではないとされながらも、「パンダ」という象徴的な名前だけ持っていかれたレッサーパンダ。
なんだかかわいそうです。
2種のパンダの微妙な違い
外見は明らかに違いますが、かつて近縁とされたのも納得できるほど、2種のパンダには共通点があります。
例えば、食肉目の動物では例外的に、彼らはタケを主食としています。
また、タケを掴むために発達した「偽の親指」、「第6の指」も両者の共通点です。
霊長類以外の哺乳類では、手足が拇指対向性を持たないために、物を掴む能力が低いです。
しかし、2種のパンダは5本の指の他に「偽の親指」を発達させたことで、タケを掴むことができているのです。
「偽の親指」の正体は橈側種子骨と呼ばれる骨で、両者のそれは他と比べると非常に大きくなっています。
しかし、共通した特徴とはいえ、つぶさに見るとこれらも全く同じではありません。
両者はどちらもタケを主食としていますが、ジャイアントパンダが摂取する食物の99%をタケが占めているのに対し、レッサーパンダが食べるタケは食物の70%ほどしか占めていません。
また、「偽の親指」についても違いがあります。
ジャイアントパンダの橈側種子骨が手首と結合しているのに対し、レッサーパンダのそれは手の骨と結合しておらず、筋肉や膜などの軟部構造により浮遊している状態にあります。
レッサーパンダのこの特徴は、ジャイアントパンダほどの把握力は持たないものの、掴む対象物(レッサーパンダは竹以外に果実も食べる)に柔軟に形を合わせることができるという利点を持っています。
同じ名前がついている動物で、これほど類似点がありこれほど相違点がある動物は、ジャイアントパンダとレッサーパンダの場合ぐらいなのではないでしょうか。
レッサーパンダの生態
名前
和名ではレッサーパンダですが、英語では“Red Panda(赤いパンダ)”という名称が一般的です。
属名の“Ailurus”は「ネコ」を表す古代ギリシャ語に由来し、種小名の“fulgen”は「輝く」とか「眩しい」といった意味のラテン語に由来します。
生息地
レッサーパンダは、ヒマラヤ山脈の落葉樹林や針葉樹林に生息します。
生息する標高の範囲は2,500~4,800mで、下層に竹林がある森林で暮らします。
食性
主食はササやタケの新芽ですが、その他にもベリー類や葉、鳥の卵、昆虫を食べます。
タケを主食としているとはいえ、レッサーパンダは肉食動物なので、草食動物ほど発達した胃や腸を持っておらず、体に吸収されるタケの栄養は25%と、消化効率は非常に低いです。
そのためタケの摂取量は非常に多くなり、彼らは1日に1.5㎏以上のササ、4㎏以上の新芽を食べる必要があります。
レッサーパンダの捕食者としては、ユキヒョウが知られています。
形態
体長は56~64㎝、肩高は25~30㎝、体重は3~6.2㎏、12本の縞模様があるしっぽの長さは37~50㎝で、形態における性差はほとんどありません。
爪は部分的に出し入れすることができます。
足の裏は毛で覆われており、雪の上での歩行に役立っています。
レッサーパンダは、クマのように蹠行(せきこう)で歩きます。
行動
レッサーパンダは単独性で、交尾期以外は単独で行動します。
夜、または薄明薄暮で活発に活動します。
消化効率の悪い竹を主食としているため、活発である時間は1日の約55%と比較的短いです。
樹上性が強く、休息も樹上でとります。
頭を先にして木を降りることができ、太くて長いしっぽは樹上でバランスをとる際に力を発揮します。
地上を歩く際は、このしっぽは地面と平行になります。
行動圏はオスの方が大きく、オスの行動圏は1頭以上のメスのものと重複しています。
行動圏は、尿や肛門腺からの分泌物によりマーキングされます。
繁殖
レッサーパンダは、1月~3月にかけて交尾します。
交尾期にはにおいづけ行動が増加し、両性とも1頭以上の異性と交尾すると考えられています。
交尾は地上で行われます。
妊娠期間は114~145日で、出産の数日前に、メスは草や葉などを樹洞や岩の割れ目などに敷き詰め営巣します。
一度の出産で、110~130gの赤ちゃんが1~4頭、通常2頭産まれます。
育児はもっぱら母親によって行われるようです。
母親は最初の1週間は6~9割の時間を我が子と共に過ごします。
その後、エサを探しに子供を巣に置いておく時間が徐々に増えていきます。
赤ちゃんは生後18日で目を開き、1歳には大人の大きさになります。
そして生後18カ月ごろに性成熟に達します。
寿命は野生で長くて10年、飼育下では15年ほどです。
人間とレッサーパンダ
絶滅リスク・保全
レッサーパンダは、様々な脅威に直面しており、絶滅の危機に陥っています。
レッサーパンダはブータンや中国、ネパール、ミャンマーでは、法的に保護されているものの、毛皮や肉、ペット目的の密猟が横行しています。
また、国際的に取引が禁止されているにも関わらず(CITES附属書Ⅰ)、国境を越えた違法な取引が絶えません。
さらに、生息地の破壊、分断は彼らの住処を奪うだけでなく、例えばそこに道路ができれば密猟者たちのアクセスがより簡単になってしまいます。
これらに加え、気候変動も彼らにとって脅威です。
ヒマラヤ山脈のタケは環境変化に脆弱で、サイクロンや洪水、山火事はタケに被害をもたらし、ひいてはレッサーパンダの生息地を蝕みます。
また、タケに直接被害をもたらさなくても、これらの自然災害で森林のキャノピー層が失われるなどして、雨や風の影響を直接受けるようになれば、タケへのストレスは増加します。
このように、様々な脅威に囲まれているレッサーパンダは、現在も個体数を減らしていると考えられており、IUCNのレッドリストでは絶滅危惧ⅠB類に指定されています。
動物園
そんな絶滅危惧種レッサーパンダですが、日本では数多くの動物園で見ることができます。
北海道の旭山動物園、秋田県の大森山動物園、埼玉県の東武動物公園、長野県の茶臼山動物園、石川県のいしかわ動物園、愛知県の豊橋総合動植物公園のんほいパーク、ジャイアントパンダもいる和歌山県のアドベンチャーワールド、広島県の徳山動物園、徳島県のとくしま動物園、福岡県の福岡市動物園などなど、各地方様々な動物園がレッサーパンダを飼育・展示しています。
「パンダ」のお株は奪われても、その愛らしい見た目からジャイアントパンダに負けず人気なレッサーパンダに会いに、是非これらの動物園を訪れてみてください。