アメリカビーバーの基本情報
英名:American Beaver
学名:Castor canadensis
分類:ビーバー科 ビーバー属
生息地:カナダ , アメリカ合衆国 , メキシコ
保全状況:LC〈軽度懸念〉
参考文献
Baker, B. W., and E. P. Hill. 2003. Beaver (Castor canadensis)
生態系エンジニア
ビーバーは半水棲の哺乳類で、水上に作ったロッジと呼ばれるすみかで暮らします。
ロッジは木の枝や石で組まれ、空気の出入り口となるてっぺんを除きその上を泥が覆います。
ロッジは風雨や厳しい冬の雪などの環境から、そしてピューマやコヨーテなどの捕食者から身を守るために作られます。
また、ロッジは、エサの少なくなる冬を乗り切るため、エサの貯蔵庫としての役割も果たします。
ロッジは水上に建てられるため、当然水の流れの影響を受けます。
川の流れが速すぎれば、ロッジは崩れ、流されることでしょう。
そこで、川の流れを堰き止めるために作られるのが、ダムです。この、水の流れに対して垂直報告に作られたダムにより、環境がそれまでとは一変します。
ダムにより流れが堰き止められたことで水が溢れ、周囲の森林を池や湿地に変えます。また、ダムによりミネラル、窒素、リンなど、土壌に含まれる元素の動きが変わってきます。
変わるのは環境だけではありません。そこに棲む生物種にも変化が起きます。
例えば、ダムの隙間には水生昆虫が生息し、ダムによりできた湿地や池には水生植物が繁栄します。
そこに、それらを食べる、魚類や両生類、爬虫類が現れることで、ダムの周囲は非常に多様な生態系が出来上がります。
また、ナキハクチョウのように、ダムやロッジに営巣する種や、ダムによって流れが遅くなった川を遡上するサケのような種もいます。
さらに、ビーバーはダムの建築の際、周囲の木々を切り倒すため、植物にも影響を及ぼしています。
このように、環境を物理的に改変し、他の生物のすみかに影響を与える種を生態系エンジニアと言います。
その代表種ともいえるビーバーは、人間以外の動物で最も影響力のある建築家であると言えるでしょう。
ネイティブアメリカンは、ビーバーが自分の目的と意匠に合うすみかをつくることから、彼らを「小さな人々(Little People)」と呼ぶこともあるようです。
ちなみに、ビーバーの建築物は人間にも影響を与える場合があります。
例えば、ビーバーのダムには森林火災や洪水をやわらげる効果があります。
また、ビーバーによってできる湿地には「ろ過能力」があり、農場から流出する肥料などの流出を防ぐことも知られています。
これにより、汚染物質を食べる藻類の異常発生によるデッドゾーン(酸欠水域)の発生を減らすことができるのです。
ビーバーのダムにはこのような効果があるため、人間が彼らのダムを模して人口ダムをつくる場合もあるほどです。
アメリカビーバーの生態
分類
ビーバー科にはアメリカビーバーの他にヨーロッパビーバーがいますが、彼らは約750万年も前に分岐したと考えられています。
チンパンジーとボノボの共通祖先と、人間の共通祖先が分岐したのが600万年~500万年前と言われているので、ビーバーの2種はそれよりも前に分岐したことになります。
彼らの染色体数は違うため、交配はできません。
生息地
アメリカビーバーは、砂漠、ツンドラ以外の北米一帯に広く生息します。
この他、フィンランドやロシア、アルゼンチンには人為的に導入され、定着しています。
池や湖、川などの水資源があり、食料が手に入る場所であれば生息することができます。
形態
体長は60~90㎝、体重は13~32㎏、尾長は20~35㎝で、オスもメスもほとんど同じ大きさ、見た目をしています。
一般的にアメリカビーバーよりヨーロッパビーバーの方が大きいです。
ビーバーの瞬膜は発達しており、後足には水かきがあります。
防水効果がある液体を分泌する肛門腺、コミュニケーションに使われるカストリウムと呼ばれる分泌物がたまる香嚢を尾部の根底近くに持ちます。
また、ビーバーは齧歯目で唯一、総排泄腔を持っています。
食性
ビーバーは草本類や、つる植物、水生植物などを食べます。
エサの少ない冬には、水中やロッジに貯めておいた木の樹皮などを食べます。
ビーバーは後腸発酵動物で、盲腸に住まわせているバクテリアのおかげで、植物のセルロースを消化することができます。
また、ビーバーには消化効率を上げるための糞食が見られます。
捕食者にはピューマやコヨーテの他、クマやオオカミ、ワニ、カワウソ、ミンクなどがいます。
行動
ビーバーはダムを作りますが、水の流れが速いと湾曲させて、遅いとまっすぐにというように、水の流れによって形を変えます。
ダムは最長のもので800m以上もあり(ウッド・バッファロー国立公園)、20年以上かけて作られたものだと言われています。
ビーバーは、ダムの他に、すみかとなるロッジや、エサにアクセスしやすくするための水路、土手に作られる巣穴なども作ります。
ロッジは水中に出入り口作られ、捕食者のアクセスを更に困難なものにしています。
社会
ビーバーは、血縁関係のある4~10匹から成る、一夫一妻制の社会を作ります。
なわばり性が見られ、ロッジやダムなどにはにおいづけが施されています。
また、尾で水面を叩くことでもなわばりをアピールします。
繁殖
アメリカビーバーは約3カ月の妊娠期間の後、1~4匹、平均3.5匹の赤ちゃんを4~7月に産みます。
誕生時250~600g、尾を含めて約40㎝の赤ちゃんの子育ては両親により行われます。
赤ちゃんはすぐに泳げるようになりますが、ロッジから日常的に出るようになるのは約1カ月たってから。
離乳は2週齢から始まり、3カ月齢までには完全に離乳します。
通常2歳ごろ巣を離れ独り立ちしますが、巣に留まり弟や妹の世話をすることもあります。
性成熟は約3歳の頃です。寿命は野生で約10年、飼育下では20年ほどです。
人間とアメリカビーバー
絶滅リスク・保全
かつて北米には6,000万~4億匹のビーバーがいたと推測されています。
そこに欧州人がやって来て毛皮を目的として次々とビーバーを狩猟した結果、その数約10万匹にまで激減します。
しかしその後、ビーバーの環境における重要性が認識され、再導入や移転(パラシュートで行われたことも!)など保全が進んだことで、個体数は今では1,500万匹にまで回復し、レッドリストでも軽度懸念と評価されています。
ただ、道路や農場への浸水等、ビーバーによる被害は全米で75~100万ドルと見積もられており、地域的な軋轢のために害獣として駆除されることはあるようです。
また、人為的に導入されたアルゼンチンでは、木々をかじり倒したり、光ファイバーをかじったりするなど、その被害は年間6,600万ドルにも上り、大きな問題となっているようです。
動物園
アメリカビーバーは、日本の多くの動物園で見ることができます。
また、新潟市水族館や、三重県の鳥羽水族館のように、一部の水族館でも見ることができます。
海遊館が運営する、アートを楽しむかのように生きものの魅力を知ることができる、「生きているミュージアム NIFREL」でも彼らが飼育されています。