イッカクの基本情報
英名:Narwhal
学名:Monodon monoceros
分類:鯨偶蹄目 イッカク科 イッカク属
生息地:北極海
保全状況:LC〈軽度懸念〉
参考文献
一角
イッカクと言えば、名前の由来ともなっているその角。
中世ヨーロッパでは昔から伝承されてきた一角獣(ユニコーン)伝説が、キリスト教と結びつき聖なる存在となったことで(例えばイギリスの国章にはライオンとユニコーンが用いられている)、ユニコーンの角には解毒作用があると信じられていましたが、イッカクの角はこのユニコーンの角と偽られて売られていました。
当時は金の10倍もの価値があるとされていたようです。
ところで、このユニコーンの角、ユニコーンのものでもなければ、角でもありません。
イッカクの角とされているのは実は歯です。
イッカクには歯が上あごに2本しかありませんが、このうち左の犬歯が口を突き破り露わになったのが、この牙なのです。
牙は最長3mにも達し、反時計回りのらせん構造が特徴的です。
基本的にはオスしか生えませんが、稀にメスにも生えます。
また、2本牙のオスも稀に見られます。
ちなみに、牙があらわになっている動物にはゾウやバビルサなどがいますが、イッカクのようにまっすぐに生える牙を持つ動物は他にいません。
それではこの牙の役割は何でしょうか。
オスだけに生えていることから、メスをめぐる闘争に使われていると考えるのがまずは妥当でしょう。
ただ、彼らが牙を武器として激しくぶつけ合うような観察例はいまだありません。
一方、牙をそっと触れ合わせるような行動はタスキング(タスクは牙の意)と呼ばれており、自分の強さを見せつけるため、牙の汚れを落とすためだなどとその理由が推測されていますが未だ不明です。
近年、イッカクの牙にはオスの象徴としての役割のほか、感覚器官としての役割があるのではないかという説が出てきています。
実際、牙には何百万本もの神経終末があり、脳と直接つながっています。
また、牙の外層には水の通り道が散在し、これにより海水が牙の中に入り込むことができます。
イッカクはこの牙で水温や水圧、塩分濃度などを感覚情報として使っているのではないかと言われているのです。
しかし、牙はメスにないことから、この役割は決して命につながるバイタルなものではない可能性が高いです。
さらに最近では、この牙を日常的に採餌に使っている可能性が指摘されています。
牙で魚をたたいて気絶させ、そのうちに食べるというのです。
これには目撃例もあり、彼らの牙が様々な役割を果たしている可能性が示唆されています。
もちろん、メスをめぐる戦いが牙を発達させたという考えが否定されたわけではありません。
クジャクの羽はメスへのアピール以外に使い道はありませんが、イッカクの場合は意外にも他のことにも使えたというのが本当のところなのかもしれませんが、イッカクの牙はユニコーンの存在のごとく、いまだ謎に包まれています。
イッカクの生態
分類
イッカク科にはほかにシロイルカ(ベルーガ)が分類されています。
イッカク属の属名Monodonは「一本の歯」という意味です。
現在イッカクには、夏の生息地に基づいた12の個体群が知られています。
生息地
イッカクは北緯60度以北の北極の大西洋側に分布しており、90%がカナダの海に生息しています。
夏はカナダやグリーンランド、スバールバル諸島の沿岸で2カ月ほど滞在し、冬になるとバフィン湾など北に移動します。
そこでは氷が水面の9割以上を埋め尽くしており、イッカクはわずかな隙間から呼吸します。
イッカクは氷に埋め尽くされた海に最も適した哺乳類と言えます。
形態
体長はオスが4.6m、メスが4m、体重はオスが最大1.6t、メスが0.9tで性的二型が顕著です。
体重の30~35%は脂皮(ブラバー)で極寒の海に体温を奪われるのを防ぎます。
あると氷がある海で泳ぐのに邪魔な背びれはなく、かわりに高さ5cmほどの稜線があります。
牙は最大で3mですが、2m以下であることが通常です。
食性
イッカクは夏に機会があれば食べる程度で、主に冬の6~8ヵ月の間に飽食します。
カラスガレイやイカ、アークティックコッド、エビなどの甲殻類を主食とします。
すべての推進で採餌しますが、冬には1,500m以上潜り海底のエサも食べます。
イッカクは歯が2本しかないので、吸い込んでエサを食べます。
捕食者にはシャチが知られています。
このほか、多くはないものの、逃げ道がないなどの理由でホッキョクグマやセイウチに捕食されることもあります。
行動・社会
通常数頭からなるポッドと呼ばれる単位群で生活します。
このポッドはオスとメスの混成群の場合もあればオスだけ、またはメスだけである場合もあります。
特に季節的な移動の際、ポッドは集まり100頭を超えるスーパーポッドを作ることもあります。
移動のルートや季節ごとの滞在海域は保守的で、変わりません。
イッカクはハクジラの中では動きが不活発ですが、音声によるコミュニケーションは活発です。
エコロケーションにも使われるクリックスのほか、ホイッスルも使います。
イッカクはハクジラ類ではかなり深くまで潜れる方で、2,000m近くに達することもあります。
また、最長で25分間、息をせずに潜水することができます。
音声について
繁殖
イッカクは春に交尾を行い、5~6月にかけて出産します。
出産間隔は3年ほどで、メスは14ヵ月の妊娠期間ののち、体長1.5m、体重150㎏で灰色がかった赤ちゃんを一頭生みます。
赤ちゃんは1~2歳で離乳し、オスは17歳ごろ、メスは8~9歳ごろ性成熟に達します。
最大寿命は100歳前後で、メスには閉経後の老齢期の存在の可能性があります。
人間とイッカク
絶滅リスク・保全
イッカクの牙はある時代人々を魅了しましたが、それでも商業捕鯨の対象になったことはありません。
ただ、現在もカナダやグリーンランドでは牙や肉を目的とした原住民による捕鯨が行われています。
2011年から2015年の間には年間約620頭のイッカクが捕獲されています。
データ不足からその全体の個体数は不明ですが、イッカクは現在17万頭以上はいるといわれています。
IUCNのレッドリストでは軽度懸念の評価です。
ただ、前述の狩猟や、油やガスの発掘、気候変動はイッカクの脅威となる可能性があります。
北極の氷が溶ければ、イッカクの住処が減ることとなりますし、背びれのために氷がある海にはあまり来ないシャチに襲われることも多くなるでしょう。
また、激しい気候の変動は、イッカクが息をする氷の裂け目を奪い氷に閉じ込められる事態も発生させかねません。
地球温暖化がイッカクに与える影響は不明ですが、長期的にみると悪影響となりそうです。
動物園
日本だけでなく世界の動物園、水族館ではイッカクを見ることができません。
イッカクは飼育が難しく、これまでの試みでは4ヵ月以内に死んでしまうそうです。