ニューイングランドワタオウサギの基本情報
英名:New England Cottontail
学名:Sylvilagus transitionalis
分類:兎形目 ウサギ科 ワタオウサギ属
生息地:アメリカ合衆国
保全状況:VU〈絶滅危惧Ⅱ類〉
参考文献
建国の地のウサギ
ニューイングランドワタオウサギは、その名の通りアメリカ合衆国北東部の6州からなるニューイングランドと呼ばれる地域に生息しています。
合衆国建国の礎となった地域で暮らす彼らは今、母国の繁栄とは裏腹に、絶滅の危機に直面しています。
ニューイングランドワタオウサギは1960年ごろを境に減少しはじめ、今ではかつての分布域のたった15%にしか生息していません。
また、その範囲は今でも年間2%ずつ縮小していると推測されています。
現在の個体数は約17,000匹と言われており、IUCNのレッドリストでは絶滅危惧Ⅱ類に指定されています。
このように彼らが減少している最も大きな理由は、生息地の減少ですが、これは都市化という人間活動によるものだけではありません。
ニューイングランドでは、17世紀のイギリス人による入植以来、農地のために多くの木々が切り倒されてきました。
この森林破壊は20世紀初めごろまで続きますが、その後は産業の転換により農地が必要なくなると次第に森林が回復していきます。
荒れた農地にはまず草本植物が侵入し、やがて低木林が形成されます。
ニューイングランドワタオウサギが生息する環境はまさにこの段階の下層の植生が密生した低木林でした。
しかし、植生の遷移はこれでは終わりません。
やがて低木林は、林床にもはや光が届かなくなった成熟した森林に成熟していきます。
植生遷移の初期の段階にある環境で暮らす彼らにとって、このような森林はもはや生息できる環境ではありません。
意外にも自然自身が彼らの減少の理由となっていたのです。
一方で、こうした森林環境にも適応するウサギがいます。
見た目のよく似たトウブワタオウサギです。
1900年台初頭に狩猟の標的として導入されたトウブワタオウサギは、遷移が進んだ森林にも定着し、ニューイングランドワタオウサギが減少する一方で個体数を増やします。
互いに近しいニッチを占める彼らは、餌や生息地をめぐって少なからず競合があるとされています。
以上のような都市化、植生遷移の進行、トウブワタオウサギの進出という理由から、低木林が広く見られた1960年台を境に、ニューイングランドワタオウサギは減少していくこととなったのです。
こうした危機的状況に対して、アメリカの人々が保全に乗り出します。
2006年、合衆国魚類野生生物局(U.S. Fish & Wildlife Service:USFWS)がニューイングランドワタオウサギを「絶滅の危機に瀕する種の保存に関する法律(Endangered Species Act:ESA)」の候補としたのを機に、保全活動が活発になるのです。
ESAとは1973年にアメリカで制定された法律で、生物と生態系の保全を目的としています。
対象となる「絶滅危惧種“endangered”」、「生存を脅かされている種“threatened”」に指定されたアメリカ国内の種は、その生息地とともに法的な保護が与えられ、保全計画が作成されます。
特に前者については、輸出入や捕獲、売買が禁じられます。
個体数は長期間モニタリングされ、回復したと見なされれば対象から外れることとなります。
代表的な例はアメリカの国鳥、ハクトウワシです。DDTに汚染された魚を食べた影響で1960年代には500頭ほどしか生存していなかったハクトウワシは、ESTの対象種となり保全活動が行われた結果、個体数は30万頭以上にまで回復し、対象から外されるまでになりました。
ちなみに、哺乳類ではクロアシイタチやクズリ、ニシインドマナティーなどが対象となっています。
対象はアメリカ国内の種だけにとどまりません。
アメリカ国外の種も対象となり、その種やその種の生息地に影響する商業活動が規制されます。
哺乳類では例えば象牙を目的とした狩猟により減少したゾウや毛皮や爪、歯などを目的とした狩猟により減少したトラなどが対象種となっています。
ESAではこうしたアメリカ国内外2,000種以上を対象として、生物を絶滅の淵から救おうとしています。
さて、ESAの対象となるためには、厳しい科学的審査と公的審査を潜り抜ける必要があります。
そのため、長い時間が必要になりますが、ニューイングランドワタオウサギもその例に漏れませんでした。
最終的な結果が出たのは対象となってから9年後の2015年。
しかもそれは対象種にはしないという内容でした。
保全活動がすでに行われており、将来的にも続くであろうというのがその理由のようですが、それが正しい判断であったかについては議論があります。
建国時の13州の一部に住んでいるのにもかかわらず、その国の庇護を受けられないとは、ニューイングランドワタオウサギも国政に不満をため込んでいることでしょう。
Best Management Practices for the New England Cottontail | youngforest.org
ECOS Environmental Conservation Online System | U.S. Fish & Wildlife Service
The US Endangered Species Act | WWF
絶滅の危機に瀕する種の保存に関する法律【米国】 | 一般財団法人環境イノベーション情報機構
ニューイングランドワタオウサギの生態
生息地
アメリカ合衆国のコネティカット州、メーン州、マサチューセッツ州、ニューハンプシャー州、ニューヨーク州、ロード島に生息しており、コネティカット州に半数以上が生息しています。
川や湖が近く、下生えが密な低木林や雑木林に好んで生息します。
形態
体長は38~44㎝、体重は1~1.4㎏でメスの方が大きくなります。
食性
草本類や果実、種子などの植物質を主食としています。餌が少なくなる季節は木本類の枝や樹皮を食べます。
捕食者にはコヨーテやボブキャット、イタチ、キツネ、猛禽類が知られています。
行動・社会
ニューイングランドワタオウサギは単独性です。
深さ10㎝ほどの巣を作り、日中はそこで休息します。
行動圏は1haほどで、植物の陰など隠れられる場所から5m以内で行動することが通常です。
トウブワタオウサギの存在は、ニューイングランドワタオウサギの生息地の利用に影響を与えるようです。
繁殖
メスは年間2~3回、4月から8月の間に出産します。
妊娠期間は約28日で、一度に平均5匹の赤ちゃんを産みます。
高緯度地域の個体ほど、出産回数が多く、妊娠期間が短いようです。
赤ちゃんは毛がまばらで目が閉じた状態で生まれます。
生後2~3週で離乳し、その後離散していきます。寿命について、野生では3年を超えて生存する個体は稀です。
人間とニューイングランドワタオウサギ
絶滅リスク・保全
ニューイングランドワタオウサギは目下減少中で、IUCNのレッドリストでは絶滅危惧Ⅱ類に指定されています。
保全活動は続いていますが、減少数を相殺できていないとされています。
また、ESAの判定においては、保全活動の成果が過大評価されているという議論があります。
動物園
ニューイングランドワタオウサギは日本国内で見ることはできません。