スペインオオヤマネコ
英名:Iberian Lynx
学名:Lynx pardinus
分類:ネコ科 オオヤマネコ属
生息地:スペイン、ポルトガル
保全状況:EN〈絶滅危惧ⅠB類〉
参考文献
最も絶滅に近いネコ
スペインオオヤマネコは、ネコ科の中で最も絶滅に近い動物です。
かつてこの種は、ヨーロッパのイベリア半島全域に生息していましたが、1940年代にはスペイン南部とポルトガルの一部だけに生息地が限られるようになり、1990年代にはスペインのアンダルシア(ドニャーナ国立公園、シエラモレナ)に2個体群が残るのみとなってしまいました。
これほどまでに彼らが絶滅の淵に追いやられた主な理由は、生息地である原生林や低木地が農地や植林地に転換されたこと、そして主食であるアナウサギ(Oryctolagus cuniculus)の激減です。
スペインオオヤマネコは、そのえさのほとんどをアナウサギに頼っています。
しかし、このアナウサギ、1950年代に人為的に持ち込まれた粘液腫症ウイルスや、生息地の破壊、1980年代に流行したウサギウイルス性出血病などのために個体数が激減してしまいます。
アナウサギはかつての1割未満の個体数しか残存していないと推測されており、2019年には絶滅危惧ⅠB類(準絶滅危惧からの格上げ)に指定されてしまいました。
このアナウサギの減少が、スペインオオヤマネコの減少に拍車をかけた結果、2002年には個体数100頭以下、分布域はかつての約2%との評価がなされ、スペインオオヤマネコは最も絶滅の危険度が高い絶滅危惧ⅠA類に分類されてしまいました。
しかし、21世紀になり、スペインオオヤマネコを保全しようとする試みが、国や自治体、EU、非営利組織などによって開始されます。
保全においては、彼らの個体数を安定させるために、エサとなるアナウサギの個体数の回復、ロードキルや密猟の減少、遺伝的多様性の維持などが目的とされています。
保全の一手段である再導入は、シエラモレナの野生個体が同じくアンダルシアのグアダルメリャトに再導入された2009年以降、重要な保全手段となっています。
飼育下での繁殖も盛んに行われており、「スペインオオヤマネコ域外保全プログラム(The Iberian Lynx Ex situ Conservation Programme)」は、これまでに270頭以上を生み出しています。
遺伝的、数的に管理された飼育下の個体は、スペインオオヤマネコという種のセーフティーネットとなること、そして再導入を通じて新たな野生個体群の一部となることが期待されています。
これら保全の努力のおかげで、スペインオオヤマネコの個体数は徐々に回復してきています。
個体数は2014年には327頭、2016年には404頭(繁殖可能なメス120頭を含む)という推測をされるまでになり、分布地も、スペインとポルトガルの5地点に増えました。
その結果、2015年、スペインオオヤマネコは絶滅危惧ⅠA類から絶滅危惧ⅠB類に格下げされました。
とはいえ、スペインオオヤマネコは依然として絶滅危惧種。
危ない状況にあります。
生息地の減少や密猟、ロードキル、ネコの白血病などの病気といった要因は無くなった訳でありません。
特にアナウサギのさらなる減少は大きな懸念事項です。
2010年から猛威を奮い始めた新たなウサギウイルス性出血病(RHDV2)は、アナウサギの個体数に大きな打撃を与えました。
生息密度の高いドニャーナ国立公園では、2012年から2014年の間に8割以上も減少したと言います。
ある研究では、このウイルスによってアナウサギは70%ほど減少し、それが彼らを主食とするスペインオオヤマネコとイベリアカタシロワシの繁殖力をそれぞれ約65%、約45%減らしたことが分かりました。
彼らがここ1万年で絶滅した初のネコ科動物とならないためにも、今後も不断の保全が求められています。
スペインオオヤマネコの生態
生息地
スペインオオヤマネコは、海抜1,300mまでの、森林と低木地が混在し、開けた牧草地が点在する場所に生息します。
アナウサギがいれば、農地など改変された場所でも観察されます。
ポルトガルでは1992年以来彼らの姿は確認されていませんが、2014年に初めての個体が再導入されてから、現在も個体群が存続しています。
食性
食物の75~93%をアナウサギに依存しています。
年間に必要なアナウサギの数は、オスで約380頭、子供のいないメスで約280頭になります。
アナウサギの他には、齧歯類、ノウサギなどの小型哺乳類、ダマジカ、アカシカといった有蹄類、鳥類、爬虫類などを食べることもあります。
また、食べはしないものの、アカギツネやヨーロッパジェネット、エジプトマングース、ユーラシアカワウソ、野生化したイエネコなどを襲うことがあります。
これは、アナウサギを食べる競争相手を減らすためと考えられています。
形態
体長はオスが68~82㎝、メスが68~75㎝、体重はオスが7~16㎏、メスが8.7~10㎏、尾長は12~16㎝で、性的二型が見られます。
10~12㎝もある頬のひげが特徴的で、他のオオヤマネコとは違い、全ての個体に斑点が見られます。
行動
主に夜行性で、明け方と夕方に活発に動きます。
活動時間はアナウサギのそれと連動しており、冬や天気が悪い日は昼にも活動します。
単独で行動し、オスの行動圏は1~3頭のメスの行動圏と重複しています。
行動圏はオスで平均17㎢、メスで平均12.5㎢ほどです。
繁殖
繁殖には季節性があり、12月~2月にかけて交尾を行います。
妊娠期間は63~66日で、一度に2~4頭の赤ちゃんが産まれます。
赤ちゃんは、木や岩の洞に作られた巣で、母親によって育てられます。
巣は出産から1月ほどたった後は、2~3日おきに変えます。
赤ちゃんは、生後1カ月で肉を食べるようになり、7~8カ月で独立します。
しかし、独立後もしばらくは母親の行動圏内で暮らし、実際に親元を離れるのは13~24カ月齢の時です。
オスの方がより分散する傾向にあります。
性成熟は2歳、実際の繁殖は3歳になってからです。
寿命は野生で最長13年、飼育下では最長20年です。
人間とスペインオオヤマネコ
保全状況
先述の通り、現在、スペインオオヤマネコは絶滅危惧ⅠB類に指定されています。
また、CITES附属書Ⅰに記載されており、国際取引は厳しく取り締まられています。
スペインオオヤマネコの現在の生息地は、スペインのドニャーナ国立公園(世界自然遺産)、シエラモレナ山脈、トレド山地、マタチェル渓谷、ポルトガルのグアディアナ渓谷です。
2014年には、トレド山地に再導入された8個体のうち1個体が、40年ぶりにマドリード近くまでやってきました。
彼らがかつてのようにイベリア半島全域で見られるようになるといいですね(英名を直訳するとイベリアオオヤマネコとなり、そう呼ばれる場合もある)。
動物園
そんなスペインオオヤマネコですが、残念ながら日本の動物園では見ることができません。
しかし、彼らと共通祖先から約100万年前に分岐したユーラシアオオヤマネコには、栃木県の宇都宮動物園や、兵庫県の王子動物園などで見ることができます。
体はスペインオオヤマネコの倍ほどありますが、見た目はよく似ています。
彼らを見た際には、是非イベリアのオオヤマネコのことも思い出してみてください。